県大会と先輩 ①

 中間試験の朝、大仏が俺の顔を見てやれやれといった表情をしていた。もう昨日の事が伝わっているのかと、思わずため息が出てしまう。試験開始前からモチベーションも下がり最悪なスタートだ。

 初日は三科目で二日目が残りの科目になる。お昼前には初日の試験が終了して美影がやって来た。


「テストの出来はどうだった?」

「うん、美影達と一緒に勉強したお陰でいいじゃないかな」

「そう、誘って良かったわ」


 美影が可愛らしくニコッと笑い、その笑顔を見て俺は少しだけ疲れが抜けたような気がした。


「それで……」

「ん? どうしたの?」


 何気なく聞き返すと美影は、少し恥ずかしそうな仕草をして俺を見つめて何かを言いたそうな表情している。


「実は昨日の事なんだけど……」


 美影は俯き加減にいつもより小声で話すので、直ぐに俺は察して返事をする。


「あぁ、昨日の事ってあの約束の話ね」

「うん、もしかして宮瀬くんに悪い事したかなって、巻き込んだみたいで」

「気にしなくていいよ。美影の素直な気持ちだろう、昔みたいに三人で一緒に……」


 首を横に振り笑顔で答えると、美影の表情もパッと明るくなり安心したようだ。


「ありがとう、やっぱり優しいね。よしくん……」

「えっ!」


 美影の言葉に一瞬耳を疑ったが、聞き間違いではなく確かに「よしくん」と聞こえた。美影の顔を見ると恥ずかしくなり顔が熱くなる。美影も照れた表情になっていたが、舌を出して誤魔化すように微笑んでいる。


「また明日ね」


 そのまま慌てたように美影は帰っていき、俺は呆然として後ろ姿を見送ってまだ胸がドキドキして落ち着いていなかった。


 翌日、試験二日目は放課後に部活の練習があって翌週末には県大会が始まり三年生にとっては負ければ最後の試合になる。

 試験明けだからと言って練習に余裕はないみたいだ。試験期間中の部活が休みの間でも体は動かすように言われていた。俺自身も勉強の合間に気分転換を兼ねて軽く筋トレはしていた。


「やっと終わったね」


 志保が嬉しそうな顔で話しかけてきて、俺も大きく頷いた。


「どうだった、ちゃんと出来たか?」


 俺の一言に志保は嬉しそうな表情から一変していじけた表情になる。


「何でそんな事聞くかな……もう気分が台無しだよ」

「俺だって一応心配なんだよ。志保が大丈夫かどうか」


 本当は茶化そうとしたが、志保があまりに不機嫌そうだったので真面目な顔で返事をすると、意外だったのか志保は照れた感じで嬉しそうな表情になった。


「そ、そうなの、心配してくれてありがとう……でも結果は聞かないでね」


 志保は照れ隠しのように言ったが残念そうな結果なので、真面目に答えた俺は転けそうになる。すると志保は何か思い出したのか、手をポンと叩いた。


「そうそう、昨日先輩が練習の事を言ってたよ」

「えっ、先輩が? 何て言ってたんだ」


 いきなり気になる事を言うので慌て崩れていた体勢を立て直し志保の話に耳を傾ける。


「何か練習厳しくなるみたいだよ」

「あっ、そ、そうなのか……」


 もっと重要な事なのかと想像していたらあまりに普通の事だったので気が抜けてしまいそうになった。俺の様子を見て志保は不満だったのか拗ねたような顔になる。


「せっかく教えてあげたのに……」

「先輩達にとっては最後になるからな、厳しくもなるよ。さてと……そろそろ部室に行くか」


 厳しくなるのは当たり前だと、席から立ち上がり纏めた荷物を持ち上げる。拗ねていた志保も「そうね」と言って鞄を取り戻った。


 軽く食べてから体育館に入ると、既に何人か部員がいて軽く練習を始めていた。俺もみんなが揃うまで軽くシュートの練習などしていた。

 暫くしてキャプテンの橘田先輩がやって来て本格的に練習が始まった。志保が言っていた通りに休み明けだったがいつもよりハードな練習だった。さすがに体が慣れていなかったのでいつもの倍以上に練習がキツく感じたが久しぶりにバスケが出来たので楽しかった。


「宮瀬、どうだ足の具合は?」


 橘田先輩が練習の合間に心配そうに話しかけてきたので、その場でジャンプして大丈夫だとアピールをした。


「全然問題ないです、心配をおかけしました」

「それなら良かった一安心だ。お前はエースだからな頼んだぞ!」


 笑顔でそう言って先輩は戻って行ったが、先輩が言った一言が嬉しかった。横にいた長山が「何ニヤついてるんだよ、気持ち悪い」と言われたが全く気にしてはいなかった。その後の練習もハードだったが、最後まで力を抜く事は無かった。


(先輩達の為にも頑張ろう!)


 練習が終わった後、何故か上機嫌な美影に呼び止められる。


「ねぇ、宮瀬くん。何かいい事があったの? 凄く調子が良さそうだったから……」

「ううん、特に……」


 練習が終わった直後で少し気を抜いたら一気に疲れが出てきてきちんと答えられずに、ふらっと一瞬倒れそうになる。


「だ、大丈夫?」


 心配そうな顔をして美影が俺の体を支えようとしていた。


「あっ、ご、ごめん。ち、ちょっと練習を張り切り過ぎたかな、大丈夫だよ」


 ふと気が付いたら体を支えようとした美影の顔が間近だったので焦ってしまい、慌てて体勢を整える。


「本当に? あまり心配させないでよ、無理したら駄目だよ」

「うん、分かってる……」


 さっきまで上機嫌だった美影なのに急に不安そうな顔をさせてしまい反省をする。


「途中まで一緒に帰ろうか?」

「いいや、大丈夫だ、さすがに女の子にそこまでさせられないよ、もう暗くなってるし」

「うん分かったわ……でも帰り道は気を付けてよ」


 本当に心配なのだろう、美影の表情を見ていると申し訳い気持ちでいっぱいだった。今、一番心配してくれているのは美影に違いない……美影を裏切ってはいけないような気持ちがだんだんと強くなってきたような気がしてきた。

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