記憶と想い ①

 翌日の試合は一つでも勝てば県大会出場になる大事な試合だった。最初の試合は、試合開始から接戦だったが終始リードを奪うことが出来ずに敗れてしまう。チーム自体も決して調子が悪かった訳ではなく相手が一枚上手だった。

 この後は三回戦の負けたチーム同士で県大会出場を懸けた試合があるのだが、相手は以前練習試合をした絢達の学校だった。もちろん絢達は今日も応援の為、朝から試合を見に来ていた。昨日も帰ってからメールで絢達が来るのは分かっていたが、志保や美影の事もあったので今日は出来るだけ連絡しないようにしようと思っていた。

 しかし次の対戦相手の事を知っているのか気になったので、一応教えておこうと連絡する事にした。すると直ぐに「知ってるよ」と返事が来て、その後に「同じ学校の子に見つからないように応援するね」とメッセージが来た。俺はそれを確認してとりあえず安心した。

 今日は試合前に絢達に出会う事なくコートに向かった。


「由規、次こそは勝ってよね」


 志保がやって来て俺の背中をパシッと叩く、昨日とは打って変わって俺に対する態度が違うのだ。今朝、集合して会った時から何か吹っ切れた様な感じでこれまでとは違った雰囲気がしていた。はっきりとした理由は分からないが、少なくとも俺はそう感じていた。


「分かってるよ、勝って県大会出場だ。任せとけ!」


 俺は背中を叩かれたお返しと言わんばかりに志保の頭をポンと叩いて笑っていた。一瞬、志保が哀しそうな顔をした様に見えたが、すぐに笑顔になっていたので、あまり気にしなかった。


 年明けの練習試合では俺達のチームが勝っているので、若干気持ちには余裕があるが油断禁物だ。時間になり試合が始まるといつもの様に攻撃を仕掛けるが、前回の練習試合の時には無かったディフェンスのプレッシャーがあった。何とか得点は決めたが、一筋縄ではいかないような気がした。


「何か違わねえ」

「そうだなあ……」


 試合開始して五分が経ち、長山とディフェンスに戻る時にお互いに以前の試合との違和感を感じる。


「あっ、思い出したぞ、あの十四番をつけてる奴……」


 長山が言い掛けた時にその十四番をつけた選手が俺と長山のディフェンスを掻い潜ってシュートを決める。速さといい、技といいかなりのレベルだ。確かにこの前の練習試合の時にはいなかった選手だ。


「K中だった奴だよ、宮瀬、覚えてないか?」


 長山がシュートを決められた後のボールを拾い、エンドからパスを出す。俺はパスを受けてゆっくり歩きながらドリブルをする。


「あぁ、確かにいたな……でも、三年の頃はいなかったよな……」


 俺は、ガードの先輩にパスを出して、長山と走りながら相手コートに向かう。十四番の選手が俺をマークして、なかなかゴール下に入る事が出来ないが、長山がポストで入り起点となり橘田先輩が相手ディフェンスを交わしてシュートを決める。

 前回の練習試合のお陰で、かなりマークがキツいみたいでなかなかパスが貰えず、シュートをさせて貰えない。少しイラつきながら、ハーフタイムを迎えることになる。試合自体は、僅差だが俺達のチームがリードしていた。


「思ったよるもかなり苦戦するな……」


 長山が隣に座り、心配そうな顔をしている。予想以上に体力を消耗してかなり疲れた表情をしているようだ。ここで終わってしまったら先輩達に申し訳ないと気持ちを切り替える。


「確かにキツいけど、中学の時とは違う……負ける訳にはいかない……」

「それだけ言えるなら大丈夫だな、頼んだぞ」

「任せとけ……」


 長山は俺の顔を見て安心したのか、笑みを浮かべていた。


「さすが、宮瀬くん。頼もしいね」


 反対側からやって来た美影がいつものスペシャルドリンクを手渡してくれて、俺は一気に飲み喉の渇きが癒される。


「ありがとう、助かるよ……」

「ううん、これくらいマネージャーの仕事だよ、後は、イライラせずに、落ち着いてプレーしてね。ファールだけは気をつけて……」


 的確なアドバイスを美影がしてくれて、俺は気持ちもクールダウンする事が出来た。美影もバスケの経験者だから気持ちも分かるのだろう、凄く有り難い言葉で頼もしく思った。


 ハーフタイムが終わり後半戦が始まる。第三Qも十四番のマークが厳しかったが、美影のアドバイス通りに冷静になってプレーをして前半よりもかなり上手いことマークを外してパスを貰い、シュートを決める事が出来た。

 チームもハーフタイム前の前より調子が良くなってきてじわじわと点差を離してきていた。第四Qになりいつもより疲労が激しかったようで右足がつり始めてきて、点差も安全圏になっていたので交代させてもらった。


「どう、足の具合は?」


 ベンチに戻り椅子に座ると心配そうに志保がコールドスプレーを持ってやって来た。


「あぁ、まだ完全につる一歩手前だから何とかね……」


 俺は苦笑いしながらつりそうになった足を志保に見せる。直ぐに志保が手に持っていたスプレーを足にかける。冷気が足の患部に噴射されて痛みが和らぎ少しホッとする。


「ありがとう、大分楽になったよ」

「良かった、また怪我したら大変だもんね」

「そんなたいしたこと……」


 俺はあまり大袈裟に言うので表情をゆるめると、志保が少し寂しそうな表情になる。


「甘くみたらダメだよ……もう悲しい思いしたくないし、美影はもっと悲しむから……」


 強めの口調だったがだんだんと志保の声が小さくなってしまう。そんな志保の姿を見て慌てて俺が謝るが、何故美影の名前が出て来たのか不思議に思った。


「悪かった、気をつけるよ」


 少しでもその場を明るくする為に微笑しながら返事をした。志保も暗くなってしまった自覚があったのか、急に笑顔を見せる。


「変なこと言ってごめんね」


 やっといつもの表情になり、志保は元の席に戻っていった。


 試合はそのまま終了し勝利を収めて県大会出場を決めた。絢達は試合を最後まで見てい喜んでいたようだが、負けたのが絢達の学校なので目立たない様に俺には会わずに帰ったみたいだった。また夜にはメッセージを送ってくるだろうから何も考えてはいなかった。

 チームメイトと志保や美影達と勝利を喜んでいたが、帰り道に美影の何気ない一言で昨日の事を思い出した。


「今日もあーちゃん達応援に来てたね、どうなんだろう複雑な感じなのかな?」

「えっ、それって……」


 喜びの顔から一転、俺は額から違う汗が出てきそうになるが出来るだけ表情を崩さないように気を付ける。


「ううん、だってあーちゃん達の学校が負けたんだよ」

「あぁ、そういう事か……」


 肩の力が抜けて大きく息を吐く、美影は不思議そうな顔で見るが俺はとりあえず一安心した。一度、昔の写真を探してみてあの時に美影も一緒にいたのか確認しないといけないようだ。

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