新学期 ④

 翌日は、県大会が初戦で敗退したので部活は休みだった。前日に絢から貰った封筒には、絢の携帯の番号が書いてあった。昨日は朝が早かったし疲れていたので帰って早々に寝てしまい封筒を開けていなかった。


(しまった……どうしよう)


 昨日の間に気が付いていれば何となく勢いでメールとか送れたけど、翌日になるとどうやって送るか悩んでしまいそのまま一日が経ってしまった。


(これはまた言われてしまうな……)


 近いうちに大仏か白川から嫌味を言われそうな予感がした。


 週明け月曜日の放課後、部活をする為に体育館へ向かうと、制服姿の一年生の数人の男女が見学に来ている。大会があったのであまり気にしていなかったが、新入部員の勧誘をしなければならなかった。俺達、マネージャーを含めて二年生が新入部員勧誘の担当だった。


「大体、どのくらい入部してきそう?」

「長山君の後輩が二人で後は二、三人かな……由規のとこの後輩は?」

「う〜ん、とりあえずは一人いるけど、まだ迷ってるみたいなんだ」

「そう……今日来ている中にはいる?」


 志保に聞かれて、見学している一年生を見ると来てはいなかったが、最初に見た時より若干人数が増えていた。志保が見学している一年生を眺めていると、「あっ」と言った瞬間に何とも言えない顔をした。

 俺は誰が居たのか気になってもう一度見てみると一人の女の子が俺に手を振っている。


「なんだ恵里か……何であそこにいるんだよ……」


 俺は呆れた顔で独り言のように呟き、恵里の所に向かった。


「センパイ、やっと会えたね」


 わざわざ恵里は前の方に出て来て満面の笑みを浮かべている。

 普通の男子なら美少女に笑顔でこう言われれば嬉しいだろう……でも恵里の事だからここからが大変なのだ。


「どうしてここにいるのかな? 部活の見学ならあっち側だろう」


 俺は仕方なく女子バスが練習をしている方向を指差す。


「知ってますよ、今日は大好きなセンパイに会いに来たんですよ」


 周りにいる見学の一年生に聞こえるような声で話すので周りがざわつき始める。


「恵里、わざと言ってないか……」

「そんな事ないですよ、気のせいですって」


 恵里は満足気な顔をして微笑んでいる。ただでさえ存在感があるのに更に目立ってしまう。


(これだと一年生の間に良からぬ噂になってしまう……)


 そう考えていたら、優しい笑顔で美影がやって来た。


「宮瀬くん、練習始めるよ……ダメよ枡田さん、先輩をからかったら」


(助かった……)


「すみません、山内センパイ。別にからかった訳じゃないですよ〜もう山内センパイもライバルだからって〜」


(おいおい、いつからそんな事になったんだ……)


 心の中でツッコミを入れていたが、美影の反応は余裕たっぷりといった感じだ。


「ふふふ、そうね、そうだったわ、でも今日のところは練習があるから私が連れていくわね」


 美影はなんだか楽しそうな表情で恵里と俺を見ている。恵里も負けじと余裕ある表情でニコッとしている。


「それじゃあ、センパイ練習頑張ってね」

「あぁ、ありがとう、またな……」


 でも会いに来てくれた事は嬉しかったので、恵里に笑みを浮かべて手を振り美影と一緒に練習に戻ろうとしたら、同じように恵里も手を振って笑顔のままだった。

 練習へ戻る時に美影に助けてもらったお礼を言うと機嫌良さそうに「いいのよ、でもいつからライバルにされたのかしら」と何故か嬉しそうに話していた。

 その後、練習の終了後に志保からいろいろと追及されたが、適当に話を合わせて逃げるように帰宅した。


 金曜日の放課後、部活へ行く前にクラスメイトが少なくなった教室で、俺の目の前に大仏がやって来て若干怒りモードなので思わず身構える。


「どうしましたか、まどかさん。何かお怒りですか?」


 どうせ一方的に言ってくるから、砕けた雰囲気にしようとしたがあっさりと一蹴されてしまう。


「ナニがお怒りですかよ、アンタまたやらかしたわね、自覚あるのホントに……」


 やはり予想通り怒っている様子できたが俺も慌てる事はないと構えていたが言っている内容がよく理解出来ない。大仏の言っている意味が訳が分からず俺が不思議そうな顔をしているので、ますます怒りを増したようだった。


「ホントにダメだね、まだ分からないのアンタ、情けないねぇ……」


 さすがにここまで言われるとカチンときて言い返してやろうと考えていたら大仏が怒りを抑えて冷静な口調で話す。


「連絡してないでしょう……」


 この一言で全てが理解出来た……何も反論出来ないことが分かり俺は小さくなる。


(しまった、忘れてた……)


 血の気がひくような感覚で出来れば今すぐに逃げ出したいが、まだ帰りの準備が終わっていない。俺の顔色が悪くなり部が悪いのが分かったみたいで、大仏の怒りも多少収まり落ち着いた感じで説明を始めた。


「由佳から連絡があって、アンタが具合でも悪いのか聞いてきたのよ。そんな事ないって返事したら、笹野さんから相談されてって話で、ここから大体分かるでしょ、アンタが原因だから……」

「はい……その通りです」


 俺は下を向いて小さく答える。ただタイミングを逃したような気がして何も連絡をせずにそのままになっていたのだ。あわよくば次の試合で会った後にしようかと考えていた。


「どうする気なの、笹野さんはアンタの連絡先が分からないのよ、アンタが先に連絡しないとどうしようも出来ないの、分かってる?」

「分かってるよ……でも……」

「もしかして由佳から聞けばいいじゃないって思ったでしょ……そういう訳にはいかないでしょう」


 呆れた表情をして大仏が話すが、そんな事は俺だって分かっている。でも何も言えずに項垂れていると、大仏が大きくため息をついて仕方なさそうに話し出す。


「そこまで情けないとは思わなかったわ……アンタは確かにバスケをしている時は格好いいけどねこれじゃねぇ……もう少しどうにかならないの、しっかりしなさいよ!」


 最後はまるで説教をされているような感覚になっていたが大仏の言う通りだ。


「最後のチャンスかもよ、早く行動しないと本当にダメになるわよ」

「そ、そうだな……分かったよ、やってみる……」


 大仏からここまで言われたらやるしかない。ここで行動を起こさないとこの先もずっと言われ続けられそうな気がする。言いたいことを言って大仏は帰って行った。


 俺はこの後に部活に参加したが、今ひとつ練習に身が入らなくてミスを繰り返した。そんな様子を見て心配した美影が練習の合間に声をかけてきた。


「宮瀬くん、授業が終わった後に何か大仏さんと揉めていたの?」

「えっ、いや別に……何もないよ」

「そう……でも結構長く話してたよね、何か怒られたみたいに」

「お、怒られてはいないよ、大丈夫だよ心配しなくても」


 俺はこれ以上追及されないように小さく笑って誤魔化そうとしたが、美影は疑ったままの表情をしている。

 まさかあの場に美影が居るとは思っていなかった。志保が先に教室を出て行ったのは確認していたけど予想外だった。もう一度、美影に「大丈夫だ」と言って俺は練習に戻ったが、練習が終わるまで美影の表情が晴れる事はなかった。

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