新学期 ③

 今週末には地区大会の県大会がある。今回は別の地区で試合があるので移動に時間がかかるので朝早く出発しないといけない。


「明日の練習は早く終わるんだろう」

「そうね、軽めの練習と試合の準備だけかな、次の日が早いからかね」


 授業が終わり体育館に行く前に教室で志保に練習の予定を確認をしていた。


「何の試合があるの?」


 志保の近くの席にいる大仏が尋ねてきた。部活をしていない大仏には分からないようだ。


「県大会だよ、今回はF市であるから朝が早いだよ」

「へ〜、大変だなぁ……さすがに行けないかな」

「えっ、お前行くつもりだったのか?」


 驚いた顔をすると、大仏が呆れた表情をしている。


「アタシが行く訳ないでしょ………あの子がよ」

「あぁ、そういう事ね……」


 大仏との会話を聞いていた志保が怪訝そうな顔をして俺を見ている。これはヤバイかなと感じて大仏に目で合図を送ろうとしたが理解してくれてないようだった。


「何よ……何か言いたい事でもあるの」

「空気読めよ、頼むから……」


 ため息を吐きながらもういいやとこの場から離れる事にした。大仏も「フン」と言って機嫌悪そうにして帰る準備を始めていた。志保はまだ大仏と仲が良いという訳でないので詳しい事情を大仏に聞いてくる事は無いだろう。

 その後、部活の練習中に志保が大仏との会話の件について尋ねてくることは無かったが、志保と練習合間に顔を合わせる度に何か言いたげな表情はしていた。また以前のように面倒な事にならなければいいのだけどと不安になっていた。

 翌日、教室で俺と席が近い美影に志保の様子を聞いてみたが、特に変わった様子はないと言われ少し安心した。


「志保と何かあったの?」


 心配そうな顔で美影が聞いてきたので、これ以上話が拗れてはいけないと出来るだけ明るい表情で答えて話題を変えようとした。


「いいや、何もないよ、それより明日の朝、七時集合だろう、起きれるかな……」

「ふふふ、志保も同じ事言っていたよ、私がモーニングコールしてあげようか、志保には約束したしね」


 美影は小さい笑っているが、さすがにその提案は恥ずかしいので断わろうとする。


「せっかくだけど、頑張って自力で起きるよ」

「そう……残念、宮瀬くんの寝起きの声が聞けるかと思ったのになぁ」


 本気か冗談か分からないような表情で美影は微笑んでいた。


 翌日、無事に遅刻せずに集合場所に間に合い、電車とバスを乗り継ぎ試合会場に到着した。

 まだ第一試合は始まってはいなかったが、俺達は第二試合なので到着してすぐに準備を始めた。

 県大会の初戦は運悪く強豪校と当たってしまい、なかなか厳しい試合になりそうで、試合前から割と緊張感がありこれまでとは違った雰囲気だ。

 マネージャーの二人もいつもと違う雰囲気を感じて、普段なら俺の所に来ては無駄話をしたりしているが今日は大人しくしている。体をほぐしてウォーミングアップを始めて試合開始まで時間を待った。


「宮瀬、長山、調子はどうか?」


 俺と長山が一緒に話しながら体を動かしていた所にキャプテンの橘田先輩がやって来て話しかけてきた。


「いつもと変わらないですよ」


 長山と二人で声を合わせるように答えると、先輩は笑顔でパシパシと俺達の背中を軽く叩いてくる。


「お前達二人が頼りだから、でもあまり力むなよ。普段どおりでいいからな」

「ハイ、分かりました、でも相手がですね……」

「まぁ、そう言っても何かチャンスがあるはかもしれん」

「そうですね……やれるだけやります!」


 長山と二人で頷くと、橘田先輩は軽く笑い任せたぞという顔をしていた。


 第二試合は予定通りの時刻で始まり、俺と長山はもちろんスタメンだった。

 第一Qから全開でいくがそこはさすがに強豪校でしっかりとしたディフェンスで得点が取れない、オフェンスもかなりのプレシャーで辛うじて防いでいる感じだ。

 ハーフタイムまではリードをされていたがまだまだ接戦でいける感じだったが、これまでとは違って疲労度はかなりのものだった。


「かなり疲れているみたいだけど、大丈夫?」


 志保が心配そうな顔でベンチに座っている俺の所にやってきてタオルで扇いでくれている。


「ふぅ〜、ありがとう……さすがにキツイなぁ、この試合……」


 疲れていてなかなか次の言葉が出てこない、志保もいつものように多くは喋らずに一生懸命になって扇いでくれていた。

 ハーフタイムも終わり第三Qが始まった。開始直後からパスミスやディフェンスのミスが増えてきた。疲労から動きが悪くなり相手になかなか追いつけなくなり、チームのファールも多くなる。

 第三Qが終わる頃にはかなり点差が開いてしまった。二分間のインターバルで休むが気休めにしかならない。

 第四Qはなす術が無かった。相手も控え中心のメンバーに代わり、疲れきっている俺達は最後に意地を見せようとしたがディフェンスだけで精一杯だった。

 試合終了のブザーが鳴り、試合後の挨拶を終えて項垂れるようにベンチに戻り片付けを始めた。試合前は対等に戦えるかもと期待したが、実際は実力の差を見せつけられた試合になった。

 マネージャーを含めてチームのメンバーは言葉少なめで片付けて移動し始めた。志保達も俺にあまり多く話さず、気をつかってくれているようだ。

 悔しかったけどこれが今の実力なのだろう、俺も片付けてチームメイトから少し遅れてベンチから出て、荷物を置いている所へ戻ろうとした時に背中をトントンと軽く叩かれる。

 何だろうと何気無く振り返ると一人の見覚えがある女の子が立っていたので驚いてしまった。


「あ、絢……何でここに……」


 俺は言葉に詰まり、まさか応援に来ているとは思っていなかった絢が目の前に立っているのでかなり動揺している。

 しかし当の本人は平然としていて前回会った時とは違う様子みたいだ。


「お疲れ様、残念だったね……でもよしくんはやっぱり凄いね」

「そ、そ、そんな事ないよ、負けてしまったら……」


 まともな返事をしようとしたけど、動揺が治まらずちゃんと答えられない。どうしようという言葉が頭を駆け巡るが何も考えつかない……


「よしくん、どうしてここにって思ってるでしょう」


 絢に言われて俺は大きく頷き、多分顔にそう書いてあったのだろうと、再び絢が口を開く。


「あれから色々と考えて相談して悩んで……それでね、もう逃げたり隠れたりしないで堂々と見ようと思ったの」

「そ、そうなんだ、でも今日はここまで来るのに大変だっただろう、遠かったし……」

「ううん、そんな事よりも大好きな人の試合だから……全然気にならないよ」


 声のトーンはちょっとだけ小さくなって、恥ずかしかったのか絢の顔が赤くなっている。

 俺も次の言葉が出ずにまだ動揺したままで会話がまともに頭に入ってこないが、絢の一生懸命な気持ちは伝わってきていた。


「あっ、時間が……」


 絢が時計を見て慌て始める。簡単には帰られる距離ではないのでバスとか電車など時間が気になるし、さすがに一緒に帰る訳にもいかない。


「一人で来たのか?」

「うん」


 少し不安になったが、もう高校生だし、まだ暗い訳でもない。


「大丈夫か、間違わずに、気をつけて帰れよ」

「大丈夫だよ、きちんとここまで来れたしね。あっ、忘れてたコレ……じゃあ、行くね」


 小さい可愛らしい封筒を渡されて、絢の顔を不思議そうに見るとあの頃の優しい笑顔だった。絢は急ぎ足で体育館を後にしようとして、最後に手を振っていたので俺も同じように手を振る。

 しかし余韻に浸っている暇はなかった、慌て皆んなのいる場所に行かないといけない。行こうとした瞬間に、志保の姿が目に入り表情がさっきとは違っていたが、俺と目が合い声をかけてきた。


「か、帰るわよ、は、早く支度してよ」

「悪いな、わ、分かった」


 志保から何を言われるかとかなり動揺したけど、この場では普通の言葉だったのでとりあえず安心した。帰りの道中は俺の所に全く近寄る事はなかった。

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