マネージャーの憂鬱【美影の視点】
新人戦の準々決勝は接戦になったがあと一本というところでシュートが決まらずに残念ながら負けてしまった。ここまで勝ち上がってきたチームだけあり簡単にはいかなかった。
翌日からは次の大会に向けての練習が始まった。始めの頃は、負けた悔しさから気合いの入った練習をしていたけど、日にちが経つにつれていつもと変わらない練習風景になってきた。
「よし、休憩にしよう。次は三対三からだ」
キャプテンの掛け声で皆んなが休憩に入る。志保と一緒に飲み物の準備をする。先輩が「スプレーは?」と聞いてきたので、隅の方に置いていた救護のセットから取り出して先輩に手渡す。
さっき居た場所に志保の姿がないと思ったら、宮瀬くんの側にいて何か楽しそうに会話をしている。練習試合の一件から志保は暫く大人しくしていたが、時間も経ち以前と変わらないようになってきた。でも時々寂しそうでなんとも言えない表情をして宮瀬くんを見ている事がある。
あの時に橘田先輩から何を言われたのかは、結局話してはくれなかったけど、あれからそんな表情を見るようになった。
二月に入ってから、部活が始まる前に志保からある事を頼まれた。
「あのね美影、もうすぐバレンタインじゃない、それで何かお菓子でも作ろうと思うんだこど、手伝ってくれないかな……」
両手を合わせてお願いをしてきたので、「うん」と頷き返事をした。きっと宮瀬くんの為と思っていたけど違っていた。
実際にお菓子を作る日に、材料の量の多さに驚き志保に尋ねると、「宮瀬くんのはもちろんだけど、部員皆んなのも作ろうと思って頼んだの」と明るく答えてきた。
これも志保の何かしらの変化なのかもしれない……でも作ったお菓子は宮瀬くんのが一番上手に出来て、綺麗にラッピングがしてあった。
バレンタインの当日、宮瀬くんのは志保が直接手渡しであげたみたいで、残りは部活の前に志保と手分けして渡した。皆んなが嬉しそうにして受け取ってくれたので、作った甲斐があって良かった。
それからは特に何も変わらない日々が過ぎていった。
三月になり、地区大会の予選が目前に迫ってきていた。授業は午前中で終わり、午後から練習があったけど志保は用事があり部活を休むので、教室で一人時間が過ぎるのを待っていた。暫くして宮瀬くんが教室に戻って来た。
「あれ、美影、一人でどうしたの?」
「志保が用事で休むから、一人で時間を潰していたのよ」
そう答えると、宮瀬くんは何か思いついたように訪ねてきた。
「そうだ、ヒマだったら一緒に見に行かない?」
「えっ、何を」
ポカンとした顔をしていたら、宮瀬くんは知らないのという顔をしている。
「正面玄関の前で合格発表が貼ってあるんだって」
「あぁ、それで中学生がいたんだね」
窓の外から見える正門の辺りにさっきから中学生の姿が見えるのはその為だったのかと理解した。
「どうする? 行ってみる?」
宮瀬くんは行く気満々みたいで、私も用事は今のところないし、断るのも悪い気がしたので一緒に見に行く事にした。
「いいわよ、ちょっと待ってね……」
そう言って準備をして、宮瀬くんと一緒に正面玄関へ向かった。向かう途中で宮瀬くんから昨年の話を聞いた。
「……この時に橘田先輩に声をかけられてから、ここでのバスケが始まったんだ……」
「そうだったの……私は志保と一緒に見に来たよ」
二人で一年前の話をしながら玄関前に到着した。合格者の番号が貼り出されてから時間が経ったみたいでそんなに中学生は残っていなかった。
「もうあまりいないみたいだね、後輩がいたら良かったのに……」
残念そうに言うと宮瀬くんも「そうだね」と頷いていた。
「せんぱーいー!」
元気がいい女の子が聞こえてきて、宮瀬くんに向かって走ってきている。宮瀬くんも気が付きその女の子が走って来る方を向いた瞬間に女の子が飛びかかるぐらいの勢いで抱きついてきた。宮瀬くんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにやれやれといった表情に変わった。
「センパイ、合格したよ、またこれで後輩なれるね!」
その女の子は満面の笑みで宮瀬くんの顔を見て話しいる。
宮瀬くんも笑顔で女の子の頭を撫でている。まるで仲のいい兄妹か、彼女のような雰囲気みたいみたいで、少し困惑してしまった。
するとその女の子が、私の存在に気が付き、申し訳なさそうにして尋ねてくる。
「あっ、センパイ、もしかして彼女ですか?」
すぐに宮瀬くんが否定をするので、少し虚しい気持ちがしたが事実だから仕方がない……
「そうですか、てっきり彼女かと……だってセンパイの好みのタイプじゃない……」
宮瀬くんが慌てて女の子の口を手で押さえて、かなり動揺した表情をしている。しかしすぐにその手は振り払われてしまう。
「ふふふ、まだ私にもチャンスがあるっていう事ですね」
悪戯っぽい表情で女の子が笑って、その姿を宮瀬くんがため息をつき疲れたような顔で見ている。
「センパイ、また四月に会いましょうね、それまで浮気したらダメですよ」
まるで台風が去ったように、女の子は友達がいる所へ戻って行った。宮瀬くんはその姿を見送りホッとしたような複雑な表情をしている。
「ゴメンな美影、さっきの子は、バスケ部の後輩なんだよ、前に一度来たって言ってた」
「あぁ……思い出した、あの時の……髪が伸びて雰囲気が違ったから分からなかったわ」
半年以上前の出来事で、志保とは会話をしていたみたいだけど、私は遠目にしか見ていなかったから顔を見てもすぐには分からなかった。
「凄く良い後輩なんだよ、でも少しね……あっ、でも多分マネージャーにはならないから安心して、バスケの選手としてはかなり上手いからね……」
「それは志保に言ってよ、でもこの場に志保が居なくて良かったね、宮瀬くん」
少しからかい気味に笑って言ったが、宮瀬くんは本気で「そうだね」と一言だけ言ってまたため息をついていた。宮瀬くんにとっては始まりみたいなものかもしれない……そんな事を考えながら、宮瀬くんと元の教室に戻ろうとする。
「さっきの後輩の子が言ってた好みがどうとかって……」
すると宮瀬くんはいきなり咳き込み出して再び動揺した顔をして慌てた様子になる。
「そそ、そんな、ことを言ってたかな? えっと……」
上手く言葉が続かないみたいで慌てている宮瀬くん顔を見てクスッと小さく笑う。
「いいよ、ゴメンね」
(あまり追求したら宮瀬くんが可哀想なのでこの事はもう黙っておこう)
ひとつ大きく息を吐いて、これからまたおこるだろう出来事を想像していたら不安な事よりも楽しそうな気がしておもわず笑ってしまった。
「何一人で笑ってんだ?」
宮瀬くんが不思議そうな顔で見るので「何でもない」と言って首を振る。
「じゃあ、早く戻って練習に行こう」
「うん、そうね」
宮瀬くんが急かすように言ってきたので頷いて教室へ急いだ。
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