地区大会予選 ①

 明日は地区予選の一回戦があり、今回はこの学校が試合会場の一つになっている。練習が終わった後に明日の試合会場の準備をしないといけない。初戦を勝てば二試合があるので軽めの練習で終わる予定になっている。一回戦の相手はそんなに強い学校ではないので、二回戦からが本番といった感じだ。

 この大会は、初めから試合に出場するので背番号も前回から若干変更になり一桁の番号になった。


「いいのかな……長い間休んでたのに、この背番号で……」

「別にいいじゃない、宮瀬が一年生の中では一番上手いし、大体休んでいたのも四ヶ月以上も前のことじゃないか」


 明日の試合で使用するイスを出しながら長山と話していたが、当たり前だという顔をされてしまう。そのイスを定位置に並べていると長山が付け加えるように笑顔で話してきた。


「それだけ宮瀬には期待しているんだよ、でも前の時みたいには相手は騙せないかもな」

「あぁ、あの試合は確かに相手は驚いていたもんな、最後の背番号を着けてたから」

「でも今の宮瀬ならそんな小細工しなくても十分に活躍できるし、してもらわないと困るからな」


 自信満々に長山が言うので俺は少し困惑してしまったが、それだけ信頼されていると嬉しいし自信に繋がる。


「ありがとう、でも長山も頼むぞ」


 そう言うと、長山は任せろといった感じの表情で準備作業を続けている。俺も早く終わらせようと作業を続けた。そろそろ準備が終わりそうな頃に志保の姿を見つけて聞きたいことがあったので声をかけた。


「志保、明日は何校来るんだ?」


 対戦相手は分かっていたけど、何校来るのかは把握していなかった。


「確か、十四チームだったと思うよ、私達の学校の男女を入れて十六かな」

「えっ、そんなに来るの?」


 俺が驚いた様子でいる。


「そうよ、結構な数よね……」


 そんな会話をしていると、美影が戻ってきて話しに加わってきた。


「何の話?」

「明日の試合の話だよ……」


 美影が俺の隣に来る。この前の合格発表の時に恵里から言われた事で変に美影のことを意識してしまい微妙に気まずい感じがする。でも美影本人は全く関係ない様子でこれまで通りで余計に困っている。


「明日は三試合目と最後の六試合目ね、あと最初試合はテーブルオフィシャルもあるから、長い一日になりそうね」


 美影がそう言っていたが、俺は一試合目のテーブルオフィシャルの仕事は免れたので良かった。


「でもそれだけのチームが来ると大変だよね」

「そうだな、人も多そうだなぁ……」


 俺は美影と会話していたが、不意に練習試合に行った時に白川との会話を思い出した。確か「絢は毎試合見に行ってる」と言っていた。


(今回も来るのだろうかでも確かめようがない……)


 不自然に会話が途切れてしまったので、美影が俺の顔を覗き込むように見る。


「うわっ、ど、どうしたの、な、何?」


 美影の顔が近くに来ていたので、めちゃくちゃ焦ってしまいしどろもどろな返事になる。


「あら、ゴメンね。急に宮瀬くんが止まったように見えたから気になってね」 

「ああ、こっちこそゴメン、ちょっと考え事をしていたから……」


 お互いが謝っている姿を見て志保が拗ねた表情で割り込んできた。


「ハイハイ、何イチャついてるんですか!」


 少しお怒り気味な様子だ。さすがに志保を放って美影と会話をしていたので「ヤバイ」と俺はこの場からとりあえず逃げようとする。


「あっ、まだ忘れてた……」


 もう作業はほぼ終わっていたが、適当に誤魔化して美影に「すまん」と小さな声で言って足早に長山がいる方に移動した。背後で志保が「もう……」と言っている声が聞こえてきた。

 そうして前日の準備が終わり、明日の試合についてミーティングをして今日の部活は終了した。


 翌日、朝早くから集合していたが、これなら違う学校で試合の方が楽だなと思った。試合は三試合目なので時間がかなりある。グラウンドで少し体を動かして、校門から来る他の学校の生徒を眺めていた。続々とやって来るので、これだけの人数がいたら仮に絢が来ても分からないなと絢を探すのは諦めていた。

 最初の試合が始まり予定時間通りに消化していき、二試合目も残り時間が少なくなってきて俺達も試合の準備を始めていた。

 俺もボールを手に持ち、目の前の残り時間が少なくなった試合の行方を見ていた。もう間もなく終了になりそうな時に、二階へ目をやると人混みに紛れている絢らしき姿が見えた。


(でも……あの姿は絢に間違いない)


 すぐに俺には分かった。しかし絢は多分俺の姿をまだ見つけていないようだった。その後、試合終了のブザーが鳴り、俺は二階には移動が出来なくなってしまう。

 すぐにコートに入ってアップをしないといけない、いくら慣れている体育館と言ってもやはりシュート練習をしていないといけない。再び二階に目をやると絢は移動したようで姿が見えなくなっていた。試合開始前まで何度か見てみたが何処に移動したのか分からずじまいだった。

 開始前にベンチでキャプテンの橘田先輩から話しかけられる。


「宮瀬、大丈夫か? 何か気になる事でもあるのか」

「すみません心配かけて……大丈夫です」


 先輩は「それならいいだ」と言って笑っていたが、反省をした。


 (大事な試合前に気が散ってしまい情けない……)


 そう思っていると、美影と志保が心配そうな顔で見ている。俺はこれ以上心配させまいと明るく笑顔で二人に「大丈夫だ」と合図を送り、試合が始まる。

 初戦の相手はそんなに強いチームではない。試合開始から俺達のチームは順調に得点を重ねていくが、俺はイマイチ調子に乗れない。大きなミスはないのだが、いつもなら問題なく出来る事が上手くいかない。

 ハーフタイムになった時には点差も開いていて試合の流れも良く俺達のチームのペースだった。ベンチに戻り、先生に呼ばれて交代を告げられる。


「宮瀬、この後まだ試合が残っているから休んでおけよ、この試合はよっぽどのことがない限り大丈夫だ」

「足を引っ張ってすみません……」


 俺は暗い表情で項垂れて橘田先輩に謝る。


「そんなに気にするな、勝っているし、次は頼んだぞ」


 先輩が項垂れている俺の肩をポンポンと叩き、明るい表情で答えてくれた。美影と志保はマネージャーの仕事を忙しそうにしているが、横目で先輩とのやり取りを見ていた。

 ハーフタイムが終わり、ベンチに座ったまま頭を上げてコートを見ると俺の代わりに出た先輩と目が合い、「任せとけ」と笑顔で合図を送ってくれた。試合が再開して、間も無く美影が背後にやって来た。志保はこの試合のスコアをつけているのでここには来れないみたいで美影は一人だった。


「いいのか、志保ひとりでスコアをつけさせて……」

「大丈夫よ、私が横にいなくてもちゃんと出来るわよ。それよりも宮瀬くんは……」


 そう言って美影は心配そうな表情で俺の顔をじっと見つめるので申し訳ない気持ちと情けない気持ちでいっぱいになる。


「ごめん、大丈夫って言ったのに……全然ダメだったな」

「そんな事ないよ、シュートも決めていたし、ディフェンスも……」


 そう言われたが、俺は首を横に振り否定する。


「ダメだよ、あれじゃ……」

「……分かったわ」


 急に美影の声のトーンが変わり、俯き気味だった俺は振り返り美影の顔を見上げる。


「もう終わった事を言っても仕方がないわ。まだ次に試合があるのだから気持ちを切り替えて、次こそいつもの宮瀬くんらしいプレーを見せてね」


 美影は笑顔で俺を見ている。


(もう下を向いても駄目だ)


 美影の笑顔を見て言う通りだと頷いた。

 それからは、美影やベンチのメンバーと一緒になって声を出し応援をした。試合はそのまま流れも変わらず俺達のチームが勝利して初戦を突破した。試合に出場していたメンバーが笑顔で戻って来るので俺も笑顔で出迎えてハイタッチをする。

 先輩達からは頭を小突かれるが仕方ない、皆んな口々に次は頼むぞと言われる。最後に橘田先輩とハイタッチをすると肩を組んできて話してきた。


「やっといつもの顔に戻ったな、次は期待してるぞ」

「ハイ、任してください!」


 明るくハッキリとした声で俺が答えたので、先輩は嬉しそうに笑っている。この時はもう絢の姿が見えなくなっていた事をすっかりと忘れていた。

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