学祭と委員 ①

 十月も半ばを過ぎて、本格的な秋の気配を感じるようになってきた。やっと病院の先生から筋トレの許可が下りたので、今日から始めようとしていた。

 キャプテンの橘田先輩に前もってトレーニングの話はしていたので、必要な道具を使う許可は取っている。まだ初日なので軽めの運動をしようとグラウンドの隅で準備をしていた。


「お――い、由規!」


 遠くで俺を呼ぶ声がするが、この呼び方をするのは一人しかいない。あの一件があって俺は呼び方を変えさせられたが、何故か志保も呼び方を変えて呼び捨てをするようになった。俺はすぐに気がついたが敢えて何も言わずに今に至っている。

 志保はジャージ姿でこっちに走ってきているが、俺は部活に行く途中で見かけたからこっちに来たのかと待っていると、息を切らして志保が目の前までやって来る。


「どうしたんだよ、何か用事か?」


 俺が不思議そうに志保の顔を見ると、志保は何言ってるのといった顔をしている。


「由規の練習に付き合う為に来たんじゃない」

「はぁぁあ、練習に付き合うって……聞いてないぞ」


 俺はもう一度志保の顔をじっと直視するのでさすがに恥ずかしくなったのだろう視線を逸らす。


「だって言ってないもん……」

「部活の方はどうするんだよ、だいたい先輩が許可したのか?」

「美影が心配しなくても大丈夫って言ってくれたし、キャプテンもいいよって二つ返事だったよ」


 志保は、まるで勝ち誇ったかの様な顔で俺を見ている。それで今日の朝、山内が俺に筋トレの事を聞いてきたのかと納得した。

 山内は普段からマネージャーの仕事をテキパキとこなしているし、志保がいなくても問題ないと橘田先輩が判断したのだろう。後は志保が言い出したら面倒なので言う事を聞いたに違いない……俺に押し付けた感じだ。


「分かった。頼んだよ、志保」


 俺はこれ以上言っても仕方ないと諦めた表情をしたが、志保は頼りにされたと思ったのだろう、嬉しそうな顔をしていた。なにもなければ頼りになるし気もきく、普通にしていれば可愛いんだけど……


「始めようか、まずは軽くランニングかな」

「うん、分かった」


 そう言って志保はホイッスルを首にかけて俺に付いてきた。もともと志保もバスケをしていたので、走るのも遅くはないし運動が苦手というわけではない。俺の横を一緒にホイッスルを吹きながら走っている。


「一人で走るより、二人の方がいいでしょ」


 ホイッスルを吹くのをやめて志保は楽しそうな顔をしている。


「まぁ、始めたばかりだからな、今はそれでいいんじゃない……」


 一人でストイックにトレーニングするのもいいが、俺の性格からしたら誰かいた方がいいのかもしれない。今回はその役目は志保なのかもしれない。これから一ヶ月弱のトレーニングは賑やかになりそうだ。


 それから数日後、授業が終わりいつもなら筋トレを始める時間なのだが、山内と一緒に教室へ残ったままだ。今年は、怪我の為に練習が出来ず体育祭には参加しなかった。それを理由に何故か学祭のクラス委員にされてしまった。もう一人決めないといけなかったが、「私がする」と山内が手を挙げた。ちなみに俺達のクラスはタピオカドリンクの模擬店をやる事になった。


「悪いな、もう今日中に分担を決めておかないとマズイからな」

「大丈夫よ、今日は志保にマネージャーの仕事をお願いしたから」


 優しく微笑んで、テキパキとノートにこれから決める事を記入している。そんな山内の姿を見て、志保は山内の言う事には従うし逆らうこともほとんどない。だから口論とか揉めたりするところを見たことがない。客観的に見ていると志保が一方的に言ってきて山内がそれを上手く躱して丸め込むというのがいつものパターンである。

 今回は二人で話合いながら役割分担や仕事内容などを決めていった。


「山内、こういう仕事って得意なの? こんなにスムーズに進むとは思っていなかったよ、ホント助かる」


 あまりの段取りの良さに俺は素直に驚いて、山内を褒める。


「そう言ってもらえると嬉しいよ、ありがとう宮瀬くん」


 山内は素直に嬉しかったのだろう、ドキッとするぐらい優しい笑顔をしていた。志保と山内のどちらがタイプかと言えば山内の方で、何処と無く絢に似ているところがある。クラスでも何気無く話していたりする時にほんの一瞬勘違いをしそうになることがあり、その度に俺は自己嫌悪になる。

 そんな事を考えていたら、山内は俺の心を読んでいたかのような事を聞いてきた。


「宮瀬くんは、志保って呼ぶのは慣れてきたかのかな、もう自然な感じだもんね。私も志保みたいに呼んでもらいたいなぁ……」


 山内はイタズラぽく笑っているが、本気なのか冗談なのか分からないし、今このタイミングで言われると焦ってしまう。


「え、えっ、ど、ど、どう……」


 噛んでしまい全く喋れていない、動揺しているのが丸分かりで、俺は顔が熱くなりそのまま黙ってしまった。


「ふふふ、いいよ宮瀬くんが好きな方で、さて、後もう少しだから頑張りましょう」


 何か楽しそうな表情で俺を見て、再び真面目な顔に戻り作業の続きを始める。明日の学活までにはまとめてクラス全員に説明しないといけないのだ。その後は黙々と作業を進めて暗くなる前に何とか終わらせることが出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る