復活
夏休みが終わり、今日はいつもと同じように通学をする。入院が一週間で、退院してからの約一週間も病院へリハビリに行く以外は自宅で療養していないといけなかった。少しづつストレスが溜まり始めていた頃だったので学校に行くのが、もの凄く嬉しい気分だ。
学校に着くとさっそく大仏がネタを見つけたような顔で俺の所にやって来た。
「おはよう、アンタ本当に手術したんだって……」
大仏の声で近くにいたクラスメイトの耳にも入り、何々といった感じで人が集まってきてしまった。
「お前がデカイ声で言うから集まってきたじゃないか……手術といってもたいした事ないのに……」
そんな大掛かりな手術でもなかったし、これまでの経緯を話すのが面倒なのでこれ以上大きな話題にしたくなかった。だがある程度クラスメイトが集まってしまったので、無視する訳にもいかず簡単だがみんなに説明をすることになった。
説明が終わった後に集まったクラスメイトは大変だったなとか労いの言葉をかけてくれてまた元の場所に戻っていったが、大仏は何故か仏頂面のまま俺の横にいる。
「……なにかアタシに言うことないの?」
その顔は明らかにお礼を言えといわ んばかりの表情だ。確かに俺が手術に踏み切ったキッカケの一つは大仏との会話だ。大仏はこの事を言っているのだろう、ここは一応感謝の意を示したほうがいいのだろう。
「あぁ、そうだなぁ……ありがとう」
その言葉を聞いて大仏は満足そうな顔をしたが、すぐに真面目な顔になったので、俺は身構えたが肩透かしにあう。
「まぁ、これからが大変かもね、ガンバりなさいよ……」
珍しく普通に励ましてくれたのが意外だった。大仏から解放されてひと息ついていると今度は山内が俺を心配そうな顔で見ていた。
俺も手術前から部活に顔を出していないので山内に聞きたい事がたくさんある。
「おはよう、朝から大変だったね」
「仕方ないさ、でもあんなに大騒ぎする程のことでもないんだけど」
「そんなことないよ、それで具合はどうなの?」
さすがはマネージャーなので心配をしてきちんと腰の様子を聞いてくれた。
「いい感じじゃないかな、でも当分の間は無理せずに安静かな……通院してリハビリを続けて、二ヶ月後くらいからトレーニングを始めて、三ヶ月後くらいで本格的に復帰の予定で、今のところそんな感じだよ」
簡単にこれからの予定を説明したら、山内は安心したような表情をしていた。
「良かった……もっと時間がかかるかと思ってたから、これで志保も安心するね」
そう言って山内が微笑んでいる姿を見ていたが、石川の名前を聞いて嫌な予感がした。
「あれ、そう言えば石川は……真っ先にここに来そうな気がしたんだけど」
「えっと、何かクラスの仕事があるみたいだよ、あら、志保の事が気になる?」
山内は茶目っ気たっぷりに話してきたが、すると何か思い出したよう顔になる。
「そうそう、夏休み中のオープンスクールの時に宮瀬くんの後輩が訪ねて来たの、それでその後輩が凄くキレイな子で……」
山内が楽しげに話していたが俺の頭の中で誰が来たのかすぐに想像出来たので、手を出して話しを途中で止めた。何となくその後の展開が読めてきた。
「その後輩の子が何か誤解をするような事を言ったんじゃない?」
俺がそう言うと山内は何で分かったのという顔をして驚いている。しかし俺からしたら想定内の事だ。
「そうなの、志保がね……多分、宮瀬くんの顔を見たら手術の事より後輩の事を聞いてくるじゃないかなぁ……」
俺は苦笑いをするしかなかったが、山内は可愛い笑顔でとどめを刺しにきた。
「だって志保、相当機嫌悪かったよ」
「はぁ……俺このまま帰っていいかな……」
ため息をつき天を仰ぐと、ご愁傷様と山内がクスッと笑っていた。恵里はいったい何て言ったのだろう……きっと先輩からも色々と聞かれそうな気がするが今更考えても仕方ないので放課後まで待つ事にした。
今日は始業式だけなのであっという間に放課後になった。これまでの状況の報告とこれからの予定を話す為に部室に向かった。途中で石川に会わないか心配だったが、無事に何事もなく部室に到着出来た。
「おぉ、宮瀬、久し振りだなぁ、どうだ手術後の調子はどうだ?」
「はい、おかげさまで良くなったと思います」
橘田先輩とその他にも先輩が何人かいて、昼飯を食べている最中だった。俺の姿を見て、それぞれ食べるのをやめてこちらに寄ってきて、「良かった」と言って肩を叩き喜んでくれた。
「いつぐらいから復帰出来るんだ?」
先輩達は心配そうな顔をして話を聞いている。
「そうですね……十二月の初め頃には完全復帰する予定です」
そう言うと先輩達は揃って安心した表情になり、橘田先輩も嬉しそうにしている。
「それなら、新人戦には間に合いそうだな、その時が楽しみだ」
そう言って笑っていた。すると先輩の一人が何かを思い出したように尋ねてきた。
「そうだ、宮瀬。夏休みに凄くキレイな……」
俺はピンときて直ぐに返事をする。
「後輩が来た事でしょ……」
先輩達が口を合わせたように「そう」と言って面白そうに頷くのを見て、俺は思わずため息を吐いた。恵里のインパクトは相当なものだと改めて思い知らされた。
もし来年入学してきたら大変な目に合いそうな気がして不安になるが、恵里の学力からしたらもっと上の学校に行くかもしれない……
その後先輩達からは色々と聞かれたが、俺は「ただの後輩です」の一点張りで通した。
「まぁ、この事はまたその子が入学してきたら本人に確認してみよう。さてそろそろ時間だ」
時計を見ると練習開始の時間まであと少しになっていた。先輩達は急いで残っていた昼飯を食べている。
「それじゃ、先輩。帰ります。リハビリにも行かないといけないので」
そう言って一礼して部室を出ようとすると橘田先輩が呼び止める。
「何かあれば気にする事なく言ってこい、焦らずじっくりリハビリして完治して戻ってこいよ、待ってるからな!」
先輩は笑顔で力強く言ってくれたので、感謝して優しさが身に染みた。気分良く部室を出て、体育館を通り過ごして歩いていたら不意に名前を呼ばれた。
「あっ……」
呼ばれた方をみると石川が山内と一緒に練習の準備を始めようとするところで、隣にいる山内は苦笑いをしている。すぐに石川が走って俺の前にやって来た。
「宮瀬くん、話は美影から聞いたよ、良かった元気そうで……」
「病気じゃないからなぁ、もう大丈夫だよ」
石川はめちゃくちゃ嬉しそうな顔で俺を見ているので、少し恥ずかしくなる。
「それで……あの後輩の子は何?」
俺が大丈夫だと分かった途端に表情が変わって案の定、恵里の事を聞いてきた。山内が言っていた通り相当気にしていたようだ。遠目にいた山内に助けてと合図を送るが小さく笑って見事に無視されてしまう。
「ただの後輩だって、山内もそう言ってただろう」
「うう……確かに美影もそう言ってたけど、でもやっぱり宮瀬くん、ただの後輩って感じじゃない……」
俺の話を全く信用していない、石川の顔は疑ったままだ。
「だから、後輩なんだよ、ふつうに」
「だって……ふつうじゃないもん……」
まだ石川は頬を膨らませ拗ねたままだ。どうしたらいいものか悩んでいるが、いざという時の山内がこの場にいない。
でも何故、石川は彼女でもないのにここまで気にするのかと思ったが、これを言ってしまうと元も子もないので黙っている。頭を抱えたまま固まっているとさすがに石川も歩み寄ってきてくれた。
「じゃあ、一つ私のお願いを聞いてくれたら、今回は見逃してあげる」
歩み寄ってくれたかと思ったが甘かった。でもここで石川からの提案を聞き入れなかったら終わりが見えない状況だ。
「分かった、聞くよ……」
あまり渋っても良くなさそうなので少し間を開けて素直に聞いてみることにした。今度は一転、顔を赤らめて恥ずかしそうに言ってきた。
「えっとね……私を石川って苗字じゃなくて志保って呼んで……」
これ何か以前にも似たような事があった気がすると思ったが、勿論黙って聞いていた。俺は大分判断力が弱っていたのか、それともこの場から解決されたい気持ちが強かったのか、石川の要求を受け入れる選択しかなかった。
「いいよ、分かった、志保でいいんだね」
気恥ずかしかったが、出来る限り優しく呼んであげた。顔を真っ赤にして元々背が小さいのに更に小さく見える。
「……ありがとう……じゃまたね」
そう言うと部活の準備をしている山内のもとに嬉しそうに走っていった。ふつうにしていれば可愛いんだけどなぁと後ろ姿を見送っていた。
結局、恵里の事で二学期初日から振り回された、本人に一言二言言いたいがここにはいないのでそれも出来ない……なんか踏んだり蹴ったりの一日だった。
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