迷い
一年生大会から数日が経ち腰の痛みはかなり収まってきたが、部活にまだ参加していない。病院には行ったが薬だけ貰って様子を見る事になった。
放課後、迷ったけど今日も部活は休む事にして帰る準備をしていた。
「あら、アンタまた休むの?」
大仏がいつもの調子で話しかけてきたが、詳しく事情を知らないので心配をした様子ではない。
「あぁ、まだ良くないんだよなぁ……」
ワザと明るく返事をしたが、本当はそんな気分ではない。痛みがまた酷くなるかもしれないと不安しかなかった。
「へぇ、そうなん、大変だな……」
全く感情のこもってない他人事の様な返事だが、大仏らしい言い方なので特に何も思わない。その横で山内が会話の様子を見ていて顔だけが笑っている。
「すまんな、山内、そういうことだから」
「うん、分かったわ、伝えておくね」
山内はそう言って教室を出て行った。その姿を見送りまだ机に残っていた荷物を鞄に入れようとしたら、大仏がまだ側に居るのに気が付いた。
「何だ、お前まだ居たのか」
「部活を休む理由ってホントにそれだけなの?」
大仏は疑ぐる様な顔で俺を見るので、一瞬動揺したが表情を変えないように気を付けた。相変わらずこういう時のカンは鋭いので侮れない、流石は幼馴染といったところだ。
「何もない、それだけだよ」
「そう、分かったわ、じゃあまた明日」
特に追求される事もなくあっさりと大仏は引き下がったが、その顔は全く信用していない顔だった。
それから数日後、部活に参加してチームメイトから喜んで迎えられた。しかし本調子には程遠く動きにもキレがなく、練習の途中から次第に腰が痛み更に足も痺れてきた。俺は顔をしかめて諦めた表情をする。
「橘田先輩、すみません。やっぱり無理そうです」
「そうか、まだ無理か……仕方ない今日はもう帰っていいぞ」
俺は申し訳なさそうに先輩に頭を下げて、体育館から出て行こうとした。長山は残念そうな顔をして見送り練習を続けていた。
部室に戻る途中に背後から声をかけられて振り向くと石川が泣きそうな表情で走って追いかけてきた。
「み、宮瀬くん、ま、待って……」
「ど、どうしたの?」
全く予想していない行動だったので少し驚いたが、石川はまだあの試合での事を気にしているみたいだ。
「今はダメでも……きっと良くなるから絶対に辞めないでよ」
石川がいつになく真剣な顔で訴えてくるので、心配をさせないようにしようと明るく振る舞う。
「辞めたりしないから、大丈夫だよ。ほら、石川も練習に戻れよ」
「分かったわ……絶対だよ」
石川は頷き少し安心した表情でまた体育館の方へ走って戻って行った。俺は石川の後姿を見て少し罪悪感を感じていた。
「辞めないで……」
ポツリと呟き部室へ向かいながら、石川に心の中を見透かされた気がして落ち込んでしまった。
夏休みになっても状態は上がらず、部活も休み気味になり合宿も参加しなかった。通院してリハビリはしていたが医者からは完全に直すには手術しかないと言われた。
そんなに難しい手術ではないが、手術をすれば三ヶ月以上は復帰に時間がかかる。その間にチームメイトとの実力差がついてしまうし、これまでのように試合に出場するのが厳しくなるかもしれない。そんな不安な事ばかり考えて、このまま退部すれば楽になるかなと迷っていた。
八月になり部活とは違う用事で学校に行かないといけなくなった。その時にたまたま学校で大仏を見かけてしまった。あまり顔を合わせたくなかったので知らないふりをしようとしたが、やはり気付かれてしまい俺のところにやって来た。
「今、アンタ知らん顔しようとしたでしょう」
「そ、そんなことないぞ」
相変わらず大仏は変なところで鋭いから困ったものだ。しかし今日はそれだけではないようで、もっと違う事が言いたいみたいだ。
「全然部活に行ってないみたいだねぇ」
いきなりストレートに聞いてきたので思わずたじろいでしまう。
「な、何でそれを……で、でもお前には関係ないだろう」
このまま圧倒されたら大仏のペースだと思い語気を強めに言ったが、大仏はそんな事お構いなしの様子だ。
「まぁ、確かに関係ないけど……でもアンタはそんなに簡単に逃げていいの、何の為にここに来たのか忘れたのかなぁ」
「あぁ……」
そうだった大仏は知っているだ。そう中学時代に一度進路のことで話したことを思い出した。
大仏の口調がこれまでと変わり真面目な顔になる。
「忘れてなかったみたいね……ここで辞めたらあの子は悲しむだろうし、会えるチャンスも無くなるじゃない」
「うっ……」
大仏の言葉が突き刺さり何も反論出来ない、俺の心の弱さを見られたようで情けない気持ちになる。更に大仏は強い口調でとどめを刺す。
「ホントにそれでいいの、あの子もそんな情けないアンタは見たくないんじゃない、よく考えなさい」
俺は大仏を見て何も言うことが出来ず下を向くことしか出来なかった。
その後、部活前の準備で早めに来ていた石川にも会ってしまう。先程の大仏とのやり取りで精神的にかなり深傷を負ってしまっている状態だ。
「宮瀬くん、久しぶりだね」
意外に冷静な感じだが、顔はだんだんとそうではなくなってくる。
「うん……」
「ねぇ、どうして……辞めないって言ってたのに、何で練習に来ないの……」
既に石川の瞳には涙が光っている。
「ごめん……やっぱり色々と考えていたら続けていく自信がなくなって……」
「な、なんで、どうして……」
みるみる石川の瞳から大粒の涙が溢れ出して言葉が出てこない姿を見て俺はそれ以上何も言えなくなる。
「わ、私、み、宮瀬くんが戻ってくる為なら、ど、どんなことでもて、てだすけし、しようとお、おもってい、いたのに……」
言葉の半分近くは聞き取り難かったが、石川の想いは本物だった。いつも冗談半分みたいなふざけた事ばかり言う石川が泣きながら訴える。
その言葉を聞いて俺はショックを受けた。俺が想像している以上に心配をして、純粋に戻ってくると信じてくれていたんだと感じた。
全然、返す言葉が見つからない。
「……」
「そ、そんなみやせくん、み、みたくない……」
そう言って大粒の涙を拭き石川は走って俺の前からいなくなった。俺は二つのパンチを喰らい暫くの間呆然と立っていたが、夏休みだったので他の生徒はいなかった。
翌日、俺はいろいろと悩み抜き決心した。まず手術をする為に病院に行って手術の手続きを済ませ、部活の練習時間に合わせて学校に行き橘田先輩と先生に報告をしに行った。
「先輩、無断で休んですみませんでした。それで手術をする事にしました」
「本当か良かった……このまま退部してしまったらもったいなかったからな……無断で休んでいた事は皆んなに上手いこと伝えておくから安心して手術を受けてこい」
先輩は休んだ理由は聞いてこなかったし、怒ったりすることもなく、ただ笑顔で話をしてくれた。
「ありがとうございます」
「でもこれからが大変だぞ、リハビリや差が付いた分をとり戻すのも……まぁいずれは宮瀬が必要になってくるからな」
そう言って笑ってくれたが、先輩にも心配をかけさせていたので申し訳なく感じた。その後、長山達にも休んでいた事を謝罪して手術の件を話した。皆んな先輩と同じ様な反応で安心した反面反省もした。
石川には合わせる顔がないと思っていてので、まだこの場にも居ないのでこのまま帰ろとしたら体育館の入り口でバッタリと出会ってしまった。
「あっ、宮瀬くん」
そう言った瞬間、これまでに見たことがないくらいの笑顔で俺めがけて飛び込んできた。石川の体は小さい方だけど勢いよく来たので圧倒されそうになった。
石川は先に橘田先輩から話を聞いていた。
「こら、怪我人だぞ」
「ごめん、だって嬉しかったんだもん」
あまりの勢いだったので腰に響いたが顔には出さなかった。抱きつかれた瞬間、女の子の甘い香りがしたので何も言えなかった。
「本当にありがとう……」
改めて頭を下げて感謝する。もう一度やる気を起こさせたくれたのは石川だ。石川の瞳は小さく涙が光っているが昨日とは違う理由の涙にちがいない。
「手術後のサポートを頼むよ」
俺が冗談気味に言うと当たり前のような顔で石川が返事をする。
「任せてよ、全力でするわ、宮瀬くんの為に」
そう力強く宣言をしてくれたのは嬉しかったし心強かったけどあまりにもの勢いに一抹の不安がよぎった。
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