第2話

話が突飛すぎて頭がおかしくなりそうだ。

今、詩春さんの家で働かないか? って誘われてるのか。

「………へ?」

はぁ、と溜息を吐いてから詩春さんは話し始めた。

「お前も知ってる通り、俺は顔も年齢も明かさずに活動してるだろ。 今人気が出てるのにはそれも要因してんだ。 人はミステリアスに惹かれる。」

「それで家事手伝いとなんの関係が…?」

そう俺が口にすると、まだ分からないのか、という目でこちらを見る。

「家政婦と見張りの為な。 俺はお前が誰かに俺の事を口外しないよう見張る。ついでに俺の家の家事をしろ。給料は出す。」

詩春さんの気持ち的には、恐らく罰なんだろう。

でも正直、ご褒美が過ぎる。

「誠心誠意、努めさせて頂きます!」


「じゃあ明日一日やるから、明後日からここに住み込みな。引越し諸共頑張れよ。」

「えっ住み込みなんですか!?」

「見張りっつったろうが。家に帰してどうすんだよ。」

「業者とか呼ばなきゃ…」

「は? 呼ぶなよ。歩きで行き来出来るだろ。ほら、まだ午前中だから今から始めろ。玄関は毎度インターホン押せよ。都度鍵かけるから。」

鬼かな、この人は。


と言っても、実際男子高校生の一人暮らしなんてそれほど荷物は無い。タンスなども本来ならば業者を使い運ぶが、タンスも洗濯機も運ぶ必要が無いとなると、かなり荷物は少なかった。

「俺ってこんなに着の身着のままで家飛び出したんだな。」


詩春さん宅とアパートを三往復。

大家さんと、市役所で話を色々として、諸々の手続きを済ませた。大変だったが、なんだかんだ日曜日中には済んだ。

「おぉ、本当に済んだじゃないか。すごいな。」

「本当に疲れましたよ…」

「お前が俺のとこに持ってきた荷物は、お前の部屋に運んどいたから。二階上がってすぐ右の部屋な、これ鍵。」

そう言って詩春さんから小さな双葉のチャームのついた鍵を渡される。

「あ、ありがとうございます。」

俺に鍵を渡すと同時に、他の部屋には入るなよ、と釘を押された。

「本当に信用されてないんだな……。」


明日から、ここから学校に通いはじめる。

別に新学期シーズンでもなんでもない、普通の土日明け。

すっごくドキドキする。楽しみで仕方ない。


明日は早起きして、詩春さんの分の朝食を作ろう。


**************


朝六時半。

控えめな音量のアラームと共に目を覚ます。

見慣れない天井。履きなれないスリッパ。眠気眼を擦りながら階段を降りて洗面台へ向かう。

バシャバシャと顔を水で濡らし、タオルで顔を拭いて目の前のデカい鏡を見る。

「洗面所が、っていうか全部が広すぎて落ち着かねぇ…」

目にはくっきりとクマが浮き上がっていた。


全然眠れなかったのだ。なんせあの神田詩春と一つ屋根の下、壁何枚かの近くに常時いるのだ。何度夢と思ったか。

冷蔵庫を勝手に開けて使うのも申し訳ないと思い、昨日の夜にスーパーで色々と買ってきておいた。


先に制服を着てから、エプロンをして台所に立つ。

正直自炊の経験は無い訳では無いのだが、自信があるとは言えない。

「まぁでも、朝は目玉焼きと味噌汁と白飯だろ。ってことで炊飯器とフライパン……。」

そう言いつつ、台所を見回した。

「無い。無い!?」

調理器具が、一切無い。

無いなんてことあるのか? 二十三歳一人暮らしで?

一応、フライパンは引越し時に捨てるのが勿体なくて持ってきはしたが。まずい。白飯と味噌汁が出来ない。

「とりあえず目玉焼きだけでも作るか……!」

昨日買ってきたものを取り出す為、冷蔵庫を開ける。


ギョッとした。昨日は引越しとかのついでで買い物へ行き、わたわたとしながら突っ込んだからよく見ていなかったが、正面の段の全てが缶酒で埋まっていた。これはマズイ。今の状況も、詩春さんの生活環境も全てがマズイ。


漫画や小説の中でしか見たことの無い冷蔵庫内に絶句しながら、卵を手に取り、フライパンに油を敷き、卵を割って、焼き始めた時。

「全部フライパンで出来そうじゃね……?」

そこからの俺の行動は早かった。

目玉焼きを完成させ、フライパンを洗ってから水を入れる。

豆腐を切り入れ、味噌を溶かし、乾燥わかめを入れて味噌汁ちょうど2人分完成。

引っ越す時に持ってきた米を一合目分量で測り、洗ってからフライパンへ。そして文字通り、水を入れて煮る。

するとどうだ、少し水の量が多くてお粥感があるが、全部済んだ。


朝食という名の味見をする。

「う、うまくできたじゃないか……すごいぞ晃!!」

ふと時計を見る。

七時二十分。いつも乗る電車は七時三十二分発。

「不味い、非常~~~に不味い。」

食器をシンクに置き、水を入れて、エプロンを外しリュックを背負った。

「うるせぇな……バタバタしてどうしたよ……」

「あ、詩春さんおはようございます!俺もう出るんで!!飯はテーブルに置いてあります!じゃ!!」

「ホント嵐みてぇな奴だな……あ、おい」

玄関を飛び出し、扉が閉まる直前に詩春さんから呼び止めの声が聞こえたが、時間が惜しくてそのまま飛び出して駅へ向かった。


「っはぁあ〜!間に合った〜!!」

ぜぇぜぇと息を切らしながら駅の改札を通る。

「あれぇ、麻田おはよう。」

「志悠か、おはよ………」

「朝からランニングか? 元気だな〜。」

「ただ寝坊しただけだ。」

「珍しいな、寝坊なんて初めてじゃないか?土日何かあったのか〜?」

ニヤニヤとこちらを見るコイツは瀬間 志悠。俺のクラスメイトのひとりだ。が、俺はコイツが本当に苦手だ。

「別に、なんもねぇよ。」

「もしかして、運命の人と出会っちゃったとかぁ?」

びく、と体が跳ねる。暑くて出てた汗が一気に冷や汗へと変わる。

これだ。

瀬間志悠という男は勘が鋭すぎる。本人はたまたまだと言い張るが……

「……黙ってろ。」

「あは、ほんとーなんだ。誰?」

「……」

「ふーん。あ、電車きたぜ。行くぞ〜」

手を引かれ、電車に乗る。

今日は新学期でもない、普通の土日明けの月曜日。


**************


ヘッドホンをしながらうつ伏せになる。

四限が終わり、昼休み。今日はお腹があまり空いていない。

突っ伏して寝るのは結構よくある事で、日常と何ら変わりない月曜を俺は過ごしていた。ただ、こいつがいなければ。

「晃〜。パン買ってきたから一緒に食お〜枯れちゃうよ〜?」

「志悠……なんで今日はこんなに絡んでくるんだ?今までこんな絡んでくること無かっただろ?」

「え〜?だって、今まで晃って人と関わるの嫌いだと思ってたから〜。」

「……え?」

「あ〜、一緒に屋上行こーぜ!」

そう言って笑いながら俺の手を掴んで無理やり立たせた。

バタバタと廊下を手を掴まれながら走った。

今日は走ってばっかだ。


ガチャ

ブワッと風で体全体が煽られる。

「屋上ってほんといいトコ〜」

「お前……」

呆れて声も出ない。

俺の学校は屋上立ち入り禁止で、いつも鍵がかかっている。しかし志悠は入学してから何回も屋上に侵入していた。先生達も、鍵を何度か変えるという抵抗をしたが、コイツは毎度ピッキングで突破していた。

「さ、パンでも食いながら話そうじゃないか〜」

「何を話すってんだ。全く……」

そう言いながら志悠の買ってきたカレーパンを食べる。

「美味いって口に出して言えばいいのに。」

「………。で、なんでお前急にこんな絡んでくるようになったんだよ。」

そうだった!というジェスチャーをした後、少し悩む素振りを見せ、口を開いた。

「俺、晃とちゃんと友達になりたかったのにさ、晃って俺だけじゃなくて、他人と話す時ずっと「めんどくさい」って思ってたから。」

「あぁ……。で、お前はこんな俺と友達になりたいのか?」

「っていうか、晃は本当に何も覚えてないの?」

「……え、何を?」


「ホントに覚えてないんだァ……俺をイジメから助けてくれた事……」

「……はぁ?」

あまりにも身に覚えが無さすぎて気の抜けた声を出してしまった。一体いつの話だ……?

「まー今の姿じゃ分からんかぁ……ちょーっと待ってね。」

そう言った途端、志悠は茶色い髪をポニーテールにしてメガネをかけた。

途端に記憶がフラッシュバックする。

小学生の時、一人の女子を複数人の男子が取り囲んでいた時があった。よってたかって何が面白いんだ、と声をかけたことはあったが……。

「あぁ〜…………?あれ志悠だったのか……?」

「そうだよ〜!アレから超友達になりたいと思ったけど、中々声掛けられずに卒業、中学は違って無理で、高校で会えたと思ったら性格めっちゃ変わってたし、俺の事覚えてないし。」

「いやそれは、名前も知らなかったし……。」

「……でも晃、俺と今話してる時も「めんどくさい」って思ってない。本当に土日で変わった。これで面と向かって言える。あの時は本当にありがとう。」

「あ、あぁ。別に……。気を使わせたようでこっちも悪かったな……。」

そう俺が言うと、志悠は気が抜けたように屋上に寝転がった。

「あぁ〜よかった!やっと言えた〜!神田詩春さん様様だぁ〜!」

「グフォッ」

カレーパンが器官の変なとこに入った。

「ゴホン…………志悠。話がある。」


**************


「ごめぇん、俺ほんと有名人とか興味なくて……その人のことはだいたい全部内緒って事ね?」

「そういうことで頼む。それとあとで曲教えてやるから聞け。」

「ふふ、おっけーおっけー!じゃ、午後も頑張ろ〜」

凄く変なやつだが、本当の友達って言うのが出来た気がする。

屋上の風は強いが、陽の光が存分に浴びられる。

すごくいい場所だと思った。








**************







「ホント嵐みてぇな奴だな……ん?」

晃のリュックからこれでもか、と小さく折りたたまれた紙がポト、と落ちた。

「あ、おい。なんか落ちたぞ〜……ったく。」

眠気眼を擦りながら落ちた紙を手に取り、ガサガサと開く。

はァ、と溜息をつきゴミ箱へ投げて、湯気の立つ食器が置かれているテーブルの席へ着く。

「…………久しぶりの朝食……何だこのお粥は……。」

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詩の音-うたのおと- 山崎 迷 @yamazaki1029-71029

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