よろずの町医者 After Story
第1話「よろずの町医者 After Story」
雪が積もり、日中でも氷点下の日が続く冬のある日、私は、森野さんが自殺しようとしていたところを助けた。
いや、助けたとは過大に言い過ぎかもしれないけど、話を聞いて、彼は思い直してくれた。
それからと言うもの、彼はよく病院に訪れるようになっていた。
もちろん、体調が悪いと言うわけではない。
お昼の休み時間に、病院に来ては、私とお昼ご飯を食べる。
たまに私の家に来ては、一緒に夜ご飯を食べる。
そんな感じの仲になっていた。
森野さんは気づいているのだろうか。私があなたと同じ中学出身で、元クラスメイトで、あなたに助けられたという過去を・・・。
私は、あなたのことを忘れた日なんてありませんでした。ずっとあなたのことを想って、今日まで必死に生きてきた。
好きでした。いや、好きです。今も昔も、この気持ちに嘘はありません。好きだったからこそ、私は医者になって、あなたの不自由を解いてあげようとしたんです。
「森野さん」
「あ、はい」
私の部屋に、彼はいる。私の声に、彼は反応してくれる。
中学卒業と同時に、会う機会がガラリと減ってしまった。大学進学と同時に、連絡する機会も、会う機会はほぼなくなり、年に一回会うか会わないか。社会人になってからは、会ってすらいなかった。
そして今、一緒に鍋を囲んで、食事をする。
あなたはどう思っているのか知りませんが、私は楽しいです。すごく、幸せな日々です。
私の気持ちを彼に伝えるかどうかは、まだ悩んでいます。
彼は独身で、恋人もいないようです。ですが、彼が私のことをどう思っているのか、そう考えた時、怖くてこの気持ちを告白しようなんて、そうは思えなかった。
嫌いと言うわけではないと思う。彼は優しいから、きっと、フラれたとしても優しく断ってくれるだろう。
だけど、フラれること、それ自体が、恐ろしいほどに怖かった。
もう三十も超えたアラサーなのに、情けない。
「森野さん、最近はどうですか?」
「えぇ。良い調子です」
「そうですか。それは良かった」
「先生のおかげです。こうやって、誰かと食事をするだけで、楽しい物なんですね」
「ですね。私も、森野さんと食事をするのが楽しいです」
ほんのり香る、日本酒の匂い。
ほんわかとしていた。気持ちも、この空間の空気も。
「明日も、仕事ですよね」
こたつに入ったまま、身体を寝かせて尋ねる。
「そうですよ。それは、先生もでしょう?」
「私は自宅が職場ですから。寝坊しても大丈夫です」
「それは羨ましい」
他愛もないくどうしようもない話で、盛り上がった。
盛り上がって、森野さんは帰宅した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます