Past story(過去の話)

よろずの町医者 past story

冬が終わると、春がやって来る。

だが、私の仕事は変わらない。


そんな私だが、医者が天職とは感じていない。それでも、この職に就こうと思ったきっかけはきちんとある。それは、私が中学生の頃のお話。


当時、私は物静かで優しいキャラだった。友達も一定数いて、毎日が楽しい日々。それは良いのだが、将来のことに目を向けてみると、やりたいことや将来の夢などは全くなかった。

とりあえず進学、高校へ行ってから考えよう。高校でも決まらなかったら、大学で決めよう。そんな感じだった。

なので、とりあえず勉強を頑張っていた。塾へ通い、人並み・・・いや、それ以上の成績は取っていた。

塾といっても、私の住む田舎町に塾があるはずもなく、二時間に一本来るか来ないかの電車に乗って、それなりに大きな街の塾まで通っていた。


塾が終わるのは夜の七時半、そこから電車に乗って、最寄駅に着くのは九時過ぎだ。

暗い夜道を歩き、最寄駅から家まで向かうのだが、その日は運が悪かった。


「よっ、お嬢ちゃん一人かい?」


一言で言えば、不良に絡まれた。

目の前にいる男子高校生二人は、この小さな田舎町を暴れまわっている不良二人組だ。聞く話によると、彼らはカツアゲや不純異性行為などを横行しているらしい。


私は女なので、カツアゲはされないだろう。だからと言って、身体を曝け出すのはもっと嫌だ。

身体が震え、どうしようもできないでいたその時、「おい・・・」という、身に覚えのある声がした。

目線を声のした方に向けてみると、そこにはクラスメイトの森野くんがいた。

彼は不良二人に対して、「彼女を解放してやれ」と果敢に立ち向かってくれた。

もちろん不良たちはそれに反抗し、殴り合いの喧嘩に発展した。


その喧嘩は、五分以上続いた。


結果から言えば、通りかかった警察を見た不良が血相を変えて逃げていったので、森野くんの勝利ということでいい・・・と思う。

何がともあれ、私は助かった。


「いたたた・・・」

「森野くん、大丈夫?」


彼は痛そうにうずくまっている。あれだけ殴り合いをすれば、どこかしら怪我をしてもおかしくはない。

だが、現実は怪我とかそんなヤワなものではなかった。

病院で検査した結果、膝より下と、指先が麻痺してしまったらしい。医者曰く、完治するのは難しく、しばらくは車椅子生活を余儀なくされた。





「ごめんなさい、私のせいで」


あの日からというもの、私は謝ることしかできなかった。

私が不良に絡まれただけなのに、関係ない森野くんが傷ついて、私は無傷で・・・。こんなことになるのなら、素直に不良の言うことを聞いておけば良かった。そうすれば、森野くんが傷つくことはなかったのに・・・。

過去のことをいつまでも悔やんでも仕方がない。そんなことわかっているのに、そういう思考が全く止まらない。

私はいつまでも、森野くんに向かって頭を下げ続けた。


「謝らないでくれ、勝手とは思うが、俺がただ君を守りたかっただけなんだ」


車椅子に乗りながら、私の低く下げた頭を撫でてそう言う。

彼はとても優しかった。私のことを責めるどころか、私の中にある罪悪感を取り除こうと、必死になってくれた。

何でそこまでしてくれるのかは分からない。でも、彼が優しくしてくれるのなら、私も何かしらで恩返しがしたい。そんなことを思っていた時、医者が言っていた「完治は難しい」が頭を過ぎった。

完治は難しい。言ってみれば、治すのは無理に等しいということだろう。だったら「私が治してみせよう」。そう思った。

最初はバカみたいなことを・・・そう思っていたが、それでも必死に勉強を頑張り、何とか医者になることはできた。

それが今の私だ。

だが、現実とは非情なもので、私はこの田舎町のかかりつけ医として働いている。

とてもじゃないけど、治療法を新たに確立するような環境ではない。

だから、私が医者になった目的は、まだ果たせていないのだ。





今日もまた、診察室に一人の患者さんがやってきた。

「体調が良くなくて」

そう言う患者さん、もとい、森野くんは、たまに私の元に現れる。

向こうは、私が『あの時助けた女の子』とは気づいていないみたいだけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る