第7話 令子おばちゃんへ

 天国のおばちゃん、お迎えが早すぎたのではないですか?私はとても寂しかったです。おじいちゃんが旅立ち、おばあちゃんが引っ越し、一人暮らしになってから、体調が極端に悪くなってしまいましたね。中学生の時、同級生と一緒に泊まりに行った時喜んでくれた事、よく覚えています。朝早くから美味しい朝ごはんを作ってくれて、初対面の友人の分までお小遣いを持たせてくれて、本当にありがたかったです。

 

 一度も結婚することなく、子供もいなかったおばちゃんの人生はどんなだったのでしょう、詳しく聞いた事がありません。恋をしましたか?人生楽しい事がたくさんありましたか?子供がいない分、私の事を大切に思ってくれていた気がします。周りの大人は、私の事を「萌ちゃん」とか「ももちゃん」と呼びましたが、おばちゃんだけは「萌黄」と呼んでくれました。名前に色が入っているのは少し変わっていたのか、同級生の男の子たちにからかわれ、嫌な思いをしてあまり自分の名前が好きではなかったのですが、おばちゃんから呼ばれると愛情を感じて、不思議と幸せでした。合唱団の発表会で代表に選ばれてステージで最後の挨拶をした時も、真剣に一言一言に頷きながら耳を傾けてくれましたね。途中でつっかえてやり直したところもあったのに、よく頑張ったと褒めてくれました。すごく嬉しかったです。


 おばちゃんは洋服を縫うお仕事をしていたので、私の小学校の入学式の服はおばちゃんの手作りでした。私は小さすぎて、作ってもらえたのが入学式のブレザーでしたが、本当はウェディングドレスを縫って欲しかったです。結婚に失敗してしまったので、その機会がなくてよかったのかもしれませんが、今でも、きちんとした服が必要になる時はいつもおばちゃんの事を思い出します。こんな既成の服ではなく、おばちゃんの縫ってくれた服が着たい、そう思います。私になんの断りもなく、大切なブレザーは弟の子供に譲り渡されて行きました。私は思い出に返して欲しいのですが、おばちゃんの作品が次世代に続く事をおばちゃん自身が喜んでくれるならそれでいいです。


 おばちゃんは、少しずつ眠れなくなり、時々物を忘れるようになり、それが頻繁になり、ガスが危ないからと、施設に入れられる事になりました。その頃私は学生で、おばちゃんが変わってしまう事への不安や恐怖でいっぱいでした。私が何かお世話出来たら、おばちゃんは住みなれた私の大好きなおばあちゃんの家で過ごす事が出来たのかなって、今になって思います。おばちゃんが施設に移ることになり、元気な私の母と叔父叔母の間で喧嘩が絶えなくなりました。みんな仕事をしているから、そうしょっちゅう通えないとか、そんなことだったのだろうと思います。おばちゃんが大好きな私にはとても見苦しい光景でした。話の途中で電話を切ったり、大声を出したりしていました。

 ふくよかだったおばちゃんが施設に入る前にはほっそりとし、「ご飯はたくさん食べなさい。健康が一番。」と言っていた事を思い出します。

 

 おばちゃんは本当に何も分からなくなって、旅立ってしまったのだろうか、何か楽しい事を少しでも覚えていなかったのだろうかとわずかな望みを掛けて想像してしまいます。

幼稚園の時、両親よりおばちゃんが運動会を見に来てくれた事が嬉しかったです。両親は必ず、もう少しこういう走り方をすれば順位が上がったのにとだけ言います。おばちゃんは私が何位であれ、よく頑張ったと褒めて、コーヒー牛乳を買ってくれました。

 

 おばちゃん、本当に愛してくれてありがとう。マンガ本を買ってくれた事、ご飯を作ってくれた事、自宅に帰る時寂しそうに見送ってくれたこと、全てが宝物です。私が時々おばちゃんの事を思い出している事に気付いてくれていますか?小樽のお墓は星が奇麗でしょうね。小学生の時は一緒に海を見に行ってくれたのに、今は静かに波の音を聴きながら遠くで見守ってくれているのでしょうか。同じお墓に入れなくても天国で会えるのかな。また逢えた時にはどんな幸せな人生を送ったかたくさんお話するので、いっぱい聴いてくださいね。

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