最終局面にて
52.「いや、ホントごめん、なんの話?」
青い空と灰色の地面が視界を埋め尽くし、無駄にど真ん中に立っていると、この世界には僕一人しか存在しないんじゃないかと錯覚すら覚える。
七月八日、月曜日。運命の日、約束の日。
三人の前で、自分の想いを、今の気持ちを、『告白』する。
どんな結果になっても恨みっこナシ、およそまっ平で一本調子の人生を歩んでいた僕……、葵クジラにとっては、超絶に特殊なイレギュラーイベント。
生半可な回答じゃあダメだろうな。というか、彼らに対して失礼だと思うし。僕自身、自分の気持ちはハッキリさせておきたい。
――キィッ……
錆びついた鉄が軋んだ音が聴こえて、僕は音がする方にフッと目を向けて――
「……なんだよクジラ、屋上なんかに呼び出しやがって……、アイツらと集まるのは『放課後』のはずだろ? まだ、『昼休み』なんだけど――」
以前会った時に比べて、なんだか大人っぽく見える彼女……、紅ホタルが、訝しげな目つきで僕を見つめる。
……ホタル――
一週間前の出来事を思い出す。
真っ赤な顔して、僕のコトを好きと言って、お得意の右ストレートパンチで、僕のことをぶっとばしたホタル。
等身大の気持ちを、裸のまんま、ぶつけてくれたホタル――
「……ねぇ、ホタル、聞きたいコト、あるんだけど」
淡々と、抑揚のないトーンで僕は言葉を連ねる。あまり大きな声ではなかったんだけど、誰も居ない屋上、その声はなんだかよく響いた。
「……なっ、なんだよ――」
構えるように、ホタルが身体を強張らせた。ふいに夏風が流れて、赤みがかったツインテールがたゆんで跳ねて、僕はゆっくりと彼女に近づいて――
「ホタルってさ、なんで僕のコト、好きになってくれたの?」
シンプルすぎる、ド直球すぎる、とある一つの疑問。
僕はその解について、どんな数式を使っても解答を導き出すことができなかった。
でも……、あと数時間後にやってくる『決戦』。僕なりの『告白』を、等身大の想いを、彼らにぶつけるためには……。
その答えが、どうしても必要だったんだ。
「なんでって――」
逡巡したホタルが、逃げるように視線を外す。少しだけ頬を朱色に染めて、ボソッと、およそいつものホタルとは思えないほど、弱々しい声が漏れ出て――
「……アンタ、覚えて、ないのかよ?」
――えっ……?
――イレギュラー発生、『質問を質問で返された』。……しかも、僕には何のことだか全く見当がついていない、ポカンと大口を開けながら硬直している僕のことを、背の低いホタルが窺うように見上げて――
「覚えて……、ねーわな、その顔」
ハァッと、呆れるように、でもどこか安心したように――、短い息を吐いたホタルが、ヘラッと力なく笑った。
「……いや、ホントごめん、なんの話?」
「……中学の時にさ、アンタ、クラスのリーダー格の男に、机ぶん投げたことあったろ?」
「――ああ、いやそれならさすがに覚えてるよ」
「じゃあさ、そうなった『きっかけ』って、覚えてるかよ?」
「えっ……?」
――きっかけ? ……きっかけ、きっかけ、キッカケ……。
あごに手をあてがい、ウンウンと唸っているのは『僕』で、ハァッと、再び呆れたようなタメ息を漏らしたのは『ホタル』で――
「この、能面野郎が……」
「……いや、あの、ホント、ゴメンナサイ――」
ジトッとした目つきに耐えられなくなって、視線を逸らしたのは『僕』で――
「……アイツ、例のリーダー格の男がよ、ギャーギャーうるさく騒いでたんだよ、いつも通りに。で、アタシはいつも通りに、うるせーっつって、ソイツのこと後ろから蹴飛ばしたワケ。……さすがのアイツも女には手を出さなかったから、大概はそこで大人しくなってオワリなんだけど……、いつもヤラレっぱなしなもんだから、仕返ししてやろうとでも思ったんだろうな、ソイツさ、あろうことにも……、アタシにとって、『一番言って欲しくない』、『最悪なヒトコト』をでかい声で叫んだんだよ」
「……最悪な、ヒトコト?」
……なんだろう、あのホタルが……、学校に変質者が現れた時ですら、躊躇なく飛び膝蹴りを喰らわすことのできるホタルが……、言って欲しくない言葉。言ってしまえば、『弱点』ってやつだろう。
……そんなものが、ホタルにあるとは、思え――
「――『せいり』……」
…………セイリ?
三文字のテキストがヒラヒラと屋上を舞い、僕の眼の前にハタと着地した。
せいり、セイリ……、って――
整理……じゃ、ないよね……、ってことは――
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