50.「それがアタシの常套手段」
「……オラァッ! てめぇもだッ!」
――ばっこーんっ。
暗がりの空、薄汚ねぇ海パン野郎が宙を舞った。……『二人目』の。
ドサッとその身体が地面に落ちて、ピクピクと痙攣しながら転がる死体が二つ。……って、死んだワケじゃねぇか。
――齢十七年の人生の中で、史上最大に機嫌の悪いアタシ……、紅ホタルが最後の一人をギロリと睨みつけると、ソイツは「ヒッ……」とか、情けない声をあげながら、ジリジリと後ずさりを始めた。
「な……、なんだこの女……、ど、どこにそんな力が――」
――『逃がすものか』と詰め寄って、ボキボキと拳を鳴らしながら、アタシはニヤッと口角を限界まで吊り上げる。
「大事なダチ共をコケにしてくれた代償……、たっぷり払ってもらわねぇとなぁ……」
本日『三度目』の右ストレートパンチ。鉄拳制裁をお見舞いしようとアタシは右腕を大仰に振りかぶり……。
「……う、うわぁぁぁぁっ!」
ソイツが、大地震が起きた時みてーに、頭抱えながら身を屈ませたんだ。
その動きは、アタシが思っていたよりも俊敏で――
――スカッ……
渾身の一撃が、空しく虚空を切った。
ヨロヨロと体勢を崩したのは『アタシ』で……。
……あっ、やべっ――
基本的にアタシは、男を殴る時は一撃で決めることを心掛けている(※も、もちろん葵を殴る時はちゃんと手加減してるんだからなっ!?)。メンチ切って、相手をビビらせた所を、一発殴ってノックアウト、それがアタシの『常套手段』。
……まぁ、何が言いたいかってーと、一撃目を外しちゃうと、そのあとどうしていいか、わかんないんだわ。
「……よくも、お前……、もう、女だからって、手加減しねぇぞ……ッ!」
情けなく頭抱えて屈んでいたソイツが、ユラリと立ち上がって、文字通り鬼の形相でアタシのコトを睨み返してきた。ジリジリと距離を詰めてきて、アタシはというと、ソイツ以上に情けなく、ジリジリと後ろ足で距離を離すことしかできなくて――
「こ、こっち来るんじゃねぇよ! 変態野郎がッ!」
「……威勢が良いのは口だけじゃねぇか、さっきの勢いはどうしたんだよ、声、震えてるぞ?」
――ビビりきっていた顔はどこへやら、ソイツは余裕しゃくしゃくのツラで、ヘラヘラと笑っていて……、ちくしょうっ、こんな奴に……、あ、アタシが、女じゃなかったら、ムキムキマッチョの男だったら、こんな奴、ボコボコにしてやるのにッ……!
距離が、詰められる、鼻先三十センチメートルくらいか、そいつの薄汚ぇ顔が、目の前に迫ってくる。
「……舐めるのも、大概にしろよッ! 貧乳女がッ!?」
……ちく、しょう……ッ!
全てを諦めたように、アタシは眼を瞑っちまった。
寸前で、ソイツが右腕を、思いっきり振りかぶっているのが視界に映って――
――ドンッ……
――えっ……?
誰かに押されて、アタシの身体が砂浜の地面に投げ出される。
ちょっと擦りむいたような痛みを感じたかと思うと、アタシの耳に飛び込んで来たのは、『鈍い衝撃音』。
――ばっこーんっ。
全てが一瞬で、何が起こったのかがまるでわからない。混乱した頭で、情けなく倒れ込んでいるアタシは、首だけなんとか後ろを振り向いて……
「……コトラ……?」
アタシのすぐ隣、盛大に鼻血を吹き出しながら、顔に青タンを作ったコトラが、砂浜の地面にドサリと倒れた。
「……いっ……てぇな、オイ……」
呻き声が聞こえたかと思うと、ムクっと身体を起こしたコトラが口元を掌で覆って、その目をギョッと丸くしていた。
「ゲッ……、鼻血出てるじゃねぇか! ジー・ザス……、せっかくの男前が――」
抜け殻みたいな表情のアタシは、ボーッとその顔を見ていることくらいしかできなくて……、視線に気づいたのか、コトラがチラッと顔を向け、アタシ達の視線が交錯する。
「……あっ、紅。……大丈夫か? その、怪我、とか――」
柔らかい声が耳に流れて……、状況の理解に、脳がようやく追いつく。ハッとなったアタシは、弾かれたように声をあげて――
「――こっちの台詞だよッ!? 何やってんだ! 弱いくせにしゃしゃり出てきてんじゃねぇよッ! 殺すぞッ!?」
――眼前、『アタシの代わりに殴られたコトラ』が、鼻血を垂らしたマヌケ面で、ヘラッとだらしなく笑って――
「……ハハッ、かっこよく返り討ちにできたらよかったんだけどよ……、まぁ、でも――」
ちょっとだけ、逡巡したような間が空いて、
ちょっとだけ、目の前のバカが照れたような顔をしていて――
「――紅が無事なら、それで、いいや」
そんなことを、言いやがる。
……あ~あ。
……だから、勘弁してくれって、こっちは、『考えるのもメンドクセェ』んだって……。
……『ドキッ』とさせるんじゃ……、ねーっつーのッ!
「……あちあちあちあちッ! あちぃぃぃぃぃぃッッ!」
――ふいに聴こえてきたのは、さきほども聞いた醜い悲鳴。
声がする方に目を向けると、いつの間にか新たな噴射型花火を両手に抱えたクジラが、無表情のツラで大量の火花を海パン野郎に浴びせていた。
「――今度はいっぱい持ってきたからね。さっきのようにはいかないよ。君たちがココから離れないというなら、僕は君たちを丸焦げにするまで花火を向け続けるよ」
「――わーった! わかったって! ……ちくしょうっ、覚えてやがれ~!」
アタシが殴り飛ばした二人の海パン野郎もいつの間にやら起き上がっており、そいつらは、そんな三流役者じみた台詞を捨て置いたかと思うと――
すたこらさっさ、暗がりの海へと消えていった。
「……葵、思ってたよりも、何倍も面白い奴だったんだな……」
コトラがポツンと、そんな言葉を呟いて――
「――えっ……?」
――そのまま、間の抜けたツラで、マヌケな声を漏らした。
アタシは、砂浜にへたりこんでいるコトラの腕を掴んで、
ギュっと力任せに引っ張って――
「アタシだって、一応ハンカチくらい持ってきてんだよ……、顔、拭いてやるから」
ざしざしと、砂浜を踏み歩く足音が二つ。
コトラを引っ張るアタシと、アタシに引っ張られるコトラ。
「……そういうことされると、ますます惚れちゃうんだけど……」
背中から聴こえてきたのは、そんなフザけた台詞で――
「……死ねっ」
誰にも届かないようなか細い声を、アタシは独りこぼした。
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