8.「これ、誰も、幸せになれないんじゃ――」
「その、コトラくんに、す、好きな子がいるかどうか、聞いてほしいんですけど――」
……ん、なんか、最近聞いたような台詞――
「……えっ、なんで僕なの? 僕、雷とそんなに仲が良いわけじゃないんだけど――」
「……そう、かもしれないんですけど、コトラくんって、他クラスの軽音部に友達が多いみたいで、私、部活動やってないから他のクラスに友達いないし、今日、葵くんがコトラくんと話をしているのを見かけてしまって――」
――あ~っ、そういうことか……。
雑草の使い道が、ようやく腑に落ちた。そして、淡い期待は所詮淡いままなのだと、数分前の自分を後でタコ殴りにしておこうと決意する。
……それにしても、人によく頼み事をされる日だな。
一応おさらいすると、僕は基本的に『他人の頼み事を断ることができない』。例えそれが、想い人の恋路を手助けする結果になったとしても――、その他大勢の代表である僕は、およそエキストラの仕事をまっとうするのが使命というものだろう。
……はぁ、やるせないなぁ……。「わかった、聞いてみるよ」と口を開きかけたところで――
「――って、あれ?」
「……どうか、しました?」
「……あ、いや、ちょっと待って――」
今日という一日。脳内メモリに逆回し検索をかけてみる。
再生されるは、今朝のホームルーム前のワンシーン。
――俺、紅ホタルに惚れてるんだわ――
……僕、知ってるじゃないか、雷が好きな相手。
急にフリーズした僕のことを、じぃーっと柳さんが窺い見る。
……まいったな、コレ、本当のこと言っていいんだろうか――
「……もしかして葵くん、何か知ってますか?」
「……えっ?」
思わず、何かごまかすようにマヌケな声を返した僕に対して、柳さんの顔つきは真剣そのものだった。……女の勘は鋭いとは言うけれど、もはやエスパー並に心を読まれてしまうなら、いっそ真実を告げた方が誠実といえるのではないだろうか――
それに、雷の想いを知って、恋を諦めた柳さんのお鉢が僕に回ってこないかなぁなんて――、雑草の僕にだって、邪な考えを一ミリくらいは持っているワケで――
「……雷さ、ホタルのことが、好きみたいだよ」
ぽーんと、小石を放るように、僕は彼女に言葉を投げた。
「――そっか……、やっぱり、そうなんですね――」
愛らしく頬を染めていた柳さんの表情に、陰りが帯びる。
スッと視線を落として、ふふっと、何かをごまかす様に笑って――
――ズキッ。
心臓が、痛む。
もやもやと罪悪漢が広がり、呼吸の仕方を忘れる。
酸素が欠乏した僕の脳内は生命維持に躍起になっており、ぷはぁっと、溜め込んだ贖罪を吐き出すように、僕は慌てて言葉を紡いだ。
「……やっぱりって――」
「……あ、はい……、コトラくん、紅さんのことをよく見ているみたいで、もしかしたら、そうかなって――」
――えっ、そうだったんだ……。
恋に恋する乙女の瞳は、想い人の心の内を見透かすことができるらしい。
……まぁ僕は、柳さんが雷を好きだなんて、てんで気づかなかったんだけど――
「……ありがとうございます」
――ふいに、お礼。
にっこり笑った柳さんが、少しだけ、その目に涙を浮かべながら――
「本当のコト、教えてくれてありがとうございます……、ずっとモヤモヤしてたから、なんだか、すっきりしちゃいまして……」
――あっ……
なんて、綺麗なんだろう。
夕焼けに焦がれる乙女の笑顔は、炭酸飲料水のCMよりも爽やかだった。胸に広がっていた罪悪感のモヤが晴れ渡り、僕はその笑顔をずっと見ていたいと思った。
「……じゃあ、雷のことは諦めるの?」
「――いいえ! ……簡単には、諦めません、……絶対に、振り向かせてみせます!」
――えっ、諦めないの?
きょとんと目を丸くする僕を尻目に、柳さんがグッと伸びをする。
橙色の夕焼けに向かって、ふぅっとめいっぱいに息を吐く。
……まぁ、いっか。
雑草は所詮、雑草でしかないし、芍薬牡丹の彼女は凛としていればいるほど美しい。
……僕は、柳さんの笑顔を見ているだけで、充分に、幸せなんだ――
言い聞かせるように、心の中で一人ごちた。
「――葵くんの気持ちも、相手の子に伝わるといいですね」
――しばしの静寂ののち、ニッコリ笑った柳さんがそんなことを言って、
「――えっ? ああ、うん。 そう……、だね」
しかし彼女は、僕の言葉がしりすぼみになっていく理由を知らない。
「それじゃあ、私の家はこっちですので」と、河川敷の土手を降り行く彼女が灰色の住宅街へと消える。力なく手を振っていた僕は、フゥッと短く息を吐いて――
……あれ――
ふと気づいたのは、複雑怪奇で、奇天烈奇妙な、『とある事実』。
……情報を、整理してみようか。ええと……。
僕は柳さんのことが好きで、
柳さんは雷のことが好きで、
雷はホタルに惚れてて、
そんなホタルは、今日僕に「アンタが好きだ」と告白してきて――
……これって……。
誰も、幸せになれないんじゃ――
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