第2話 神様に出逢う

第2話 神様に出逢う

そう言って振り向いた顔を見て杏李は

「綺麗……」

と呟いた。心の中でだけ言おうとしていたのだが結果的に口に出してしまった。

全てを吸い込んでしまいそうな艶のある黒い髪と黒い目、健康的に白い肌にこの世のものとは思えない程に整った顔立ち……

「ハハっ!!」

と子供は愉快そうに笑った。

「子供は素直で愛いなぁ!」

その言葉に杏李は少し困惑して首を傾げた。

(子供は君じゃないの?)

「あぁ……、確かにこの姿だと子供に見えてしまっているかもしれんな。」

その子供(?)に心を詠まれたような気がして杏李はドキリとした。

「ではこれならどうだ?」

杏李の決して広いとは言えない部屋が淡い琥珀色に包まれた。

眩しさに杏李が目を閉じると

「……あれ?」

杏李は先程まで子供がいたはずの場所を見つめて目をぱちくりさせた。

「ふふっ、こっちだよ人の子」

天井の方から声がして杏李は上を見た。

「誰……?」

「面白いことを言うね、人の子」

そこにはさっきまでの子供とは喋り方も見た目も体格も違う青年がいた。

「……いや、君は『僕が 』生み出したものだから厳密に言えば人の子ではないのかな?」

などと青年は杏李には、全く意味の解らないことを呟いた。

(どういうこと……?)

「……まだ教えてあげることはできないんだ。これはまや香との約束なんだ」

まただ、また心を見透かされたような気持ちに杏李は陥った。

「まや香って母さんのこと……ですよね?」

「そうだよ。ごめん時間がないから戻らなきゃ行けないんだ、近いうちにまた来るから」

「待って!名前を教えて……」

その言葉に青年は一瞬困ったような表情かおを見せたが、すぐに微笑みを取り戻すと杏李の問いに対してこう答えた。

与那よな……いや、そうと呼んで。」

「祟……。あなたは一体何者なの?」

「……いずれわかるよ。あっ、あとそのお嬢さんに僕は何もしてないから安心して。」

そう杏李に告げると祟はまるで風のように消えてしまった。

「同じだった……。」

杏李は眠るさよ子の前で呟いた。

最初の子供は漆黒の髪と瞳だったが、その後の青年は杏李と同じ亜麻色の髪と緑金の瞳をしていた。

(2人とも綺麗だったな……。)

もしかしたら2人は同一人物なのかもしれないと他人ひとより少しだけ鈍い杏李はようやく思った。

────────────

「杏李様ー!医者を連れてきましたよ」

「菜穂さん!さよ子さんはこっちです!」

「貴方が杏李様ね、来る途中に菜帆さんから大体のことは聞きました」

「私は藤家の専属医師の日野森みさとです。よろしくお願いしますね」

ふくよかな体型の優しそうな女医はそういうと杏李にお辞儀した。

「はい、よろしくお願いします」

「……失礼します」

みさと先生がさよ子の脈などの様子を見てこう告げた。

「命に関わるような問題はないと思いますが……」

「「が?」」

杏李と菜穂は同時に声を出した。

「怪病だと思います」

「……何を根拠に?」

今、何故か心臓がどきどきしていて落ち着かない。

「……今までの怪病の患者さんのように、ほら」

みさと先生がさよ子の着物の袖をまくって見せたのは痣だった。

「花の形みたいですね……」

そう菜帆は言った。確かに桜色のその痣は5つの花弁のようにも見えた。

「これが今唯一、全ての患者さんに共通していることなんですよ。私は藤家の専属医師ですが、今までたくさんの怪病の患者さんも診察してきたんです」

「……お嬢様が怪病になるなんて。それにこんな痣まで……、もうお嫁に行けないわっ!」

そんなふうに言う菜帆を慰めていると、さよ子は目を醒ました。

「さよ子さん!」

「どこか具合が悪いとこはない?」

……なんだかさよ子の様子が変だ。

「その声は杏李?」

「……そうだよ、どうしたの……、さよ子さん」

今のやり取りを見ていた菜帆がぼさぼさになってしまっていたさよ子の髪を直しながら、こう言った。

「……まさかお嬢様、目が見えていないのですか?」

今の言葉で呼吸が止まりそうになった。いそいでさよ子の目を覗き込むと、確かにガラス玉のようでどこかを見つめていた。

(こういう時になんて声をかければいいんだろう。)

杏李にはどうすることも出来なかった。

ただ一つだけできたのは、目の前の過酷な現実に立ち尽くすことだけだった。

「……杏李、貴方のせいじゃないのよ」

「この病気は誰のせいでもないわ。目が見えないくらい、どうってことないわ」

その言葉に少しだけ安堵して顔が綻んだ。

「分かった、でも無理だけはしないでね。」

「心配いらないわ」

とさよ子はくすくすと笑ってみせた。

(もう大分暗くなった……、迎えが来ない限りさよ子が家に帰るのは辛いかな。)

そう思っていたら外が少しだけ騒がしくなって、明るくなった。

「もしかして……!」

と外に向かって走った。

外に出るとそこには杏李の予想通り藤の紋が入った豪華な馬車が止まっていた。

馬車の扉が開いて、1人の男性が降りてきた。

彼は藤 秀哉 しゅうやさよ子の兄で藤家の次期当主でもある。

「おぉ、ぼん元気だったか?」

「……坊じゃないです、」

「はいはい、悪かったな杏李。」

秀哉に頭を撫でられると悪い気はしない。

秀哉はさよ子の兄だが、杏李にとっても兄のような存在だ。

「さよ子の所まで案内してくれるか?」

「はい」

秀哉と数人の侍従を連れて、部屋に戻るとすぐに菜帆さんが頭を下げた。

「秀哉様、お迎えありがとうございます。」

「菜帆、ご苦労だった。それじゃ、帰るか。さよ子おいで。」

とまるで赤子でもあやすかのような声で秀哉は言った。確かに2人は7歳差の兄妹だが、まだ昔の感覚が抜けないのもどうかと杏李はよく思う。

「……あの!」

「どうしたの〜?坊、お兄様に話してご覧」

「さよ子は目が見えていないんです。」

秀哉の冷やかしを鮮やかに受け流し杏李はこう言った。すると、そこまで緩みきっていた秀哉の整っている顔が少しだけ厳しいものに変わった。

「そうなのか……、さよ子は大丈夫なんだろ?」

「はい、兄様何の心配もありませんわ、……きっと怪病が治ったら目も治ると思いますわ」

「怪病……?」

「命に関わるような問題はありませんのでご安心ください」

とそこまで黙っていたみさと先生が秀哉に話した。

「なら、いい。歩くのがまだ慣れないで厳しいだろ」

と言うと秀哉は軽々とさよ子を抱き上げた。

「兄様恥ずかしいわ!!」

そんなさよ子のことは気にせずにスタスタと馬車の方に歩き、丁寧に座らせた。その後、菜帆んも馬車に乗り込んだ。

「……今日はありがとう、杏李」

「私からも、ありがとう杏李。今度は家にいらしてね」

「分かりました、お大事にねさよ子。」


ごめん………


走り出した馬車に向かって、杏李は短く呟いた。
















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