幼馴染を遠くから想う

月之影心

幼馴染を遠くから想う

 俺、仁科勝弥にしなかつやには、家が隣の超絶可愛い幼馴染が居る。


 彼女の名前は高坂美佳こうさかみか

 小さい頃から『可愛らしい子』という形容がピッタリで、見た目だけでなくその一挙手一投足全てが可愛らしさに溢れていた。

 中学生くらいになると女性特有の丸みが付くべき部分に付き『色気』という武器を装備するようになったが、それでも『美人』というよりはやはり『可愛らしい子』だった。


 美佳とは幼い頃から何処へ行くのも何をするのも一緒だった流れで、気が付けば高校までずっと同じ道を歩んできた。




 と聞くと、『昔結婚の約束をした』とか『ファーストキスの相手』とか、はたまた『世話焼きの幼馴染』や『お互いの部屋を自由に行き来してる』みたいな関係を思い浮かべるかもしれない。




 残念ながらどれ一つ当てはまらない。




 俺の記憶が抜けていなければ、結婚の約束はしていないし、事故であれ幼子の戯れであれキスをした事もないし、何かと世話を焼いてくれる事もないし、家族ぐるみの付き合いはあれど互いの部屋を頻繁に行き来した事もない。

 とは言え、普通に顔を合わせればくだらない雑談をする事もあるし、家が隣なので登下校の時間が合えば一緒に行ったり帰ったりするし、一人で持って帰れないからと休日の買い物に付き合う事もある。

 所謂『昔から親しくしている長い付き合いの友達』という関係である。






 表向きは…。






 実際は中学2年の頃に美佳を異性として意識し始めて以来、美佳の事が好きで好きでたまらなくなっていた。

 しかし悲しいかな、思春期と呼ばれる時代に入ると人間どうしても素直になれなくなるもので、例えば家族皆で集まってクリスマスパーティとなっても腹を満たせば無言で部屋に籠ってしまったり、美佳が近寄って来ても周りに冷やかされるのが嫌で素っ気ない態度をとってみたりで、想いとは裏腹に美佳との距離を自ら広げてしまっていた。


 反対に美佳はそんな素振りは一切無く、高校の合格発表を一緒に見に行こうと言われた時などは、美佳と一緒に居る喜びと、落ちていたらどうしようという不安で、強張らせた表情のままずっと無言だった気がする。

 俺と美佳は自分の番号を見付けると、一旦周りを気遣ってその場を離れて近くの公園へ入り喜びを爆発させた。


 『また同じ学校に通えるね!』


 美佳が屈託のない笑顔で俺の手を取り両手を上に上げると、息が掛かるほどの距離に顔が近付いた。

 心臓が止まるかと思う程の衝撃を受けた俺に対し、変わらず美佳は笑顔で俺の顔を見ていた。

 相手を恋愛対象と見て余裕を無くしていた俺と、仲の良い幼馴染と見て余裕のある美佳との違いがはっきりと出た気がした。


 高校ではお互いの交友関係も広がって一緒に遊びに行ったりする時間はほぼ無くなってしまったが、それでも家が隣同士というのもあり、登下校の時など普通に顔を合わせて他愛もない会話を交わす事はあった。


 一度だけ、美佳が俺に恋愛の話をしてきた事があった。

 『勝弥くんは好きな人居ないの?』

 目の前に居る…と答える度胸も無く、ただオドオドするだけだった。

 そんな俺を見て楽しそうに笑う美佳に、(人の気も知らないで…)と反感を持った。


 それでも、俺が美佳を好きだという気持ちは変わらなかった。


 高校卒業が近付く。

 俺は県外の三流大学へ進学が決まり、美佳は資格を取る為に地元の専門学校へ行く事が決まっていた。


 『初めて違う学校になるね。』

 将来への期待の大きさか、美佳は明るい声で俺に言った。

 『そうだな。』

 将来…特に美佳との関係への不安の大きさで、俺の声は沈んでいた。




 そして春。


 初めて地元から遠く離れ、初めての一人暮らし、そして………




 初めて隣に美佳の居ない生活が始まった。






 大学生活は普通だった。

 ドラマにあるような楽しく華やかな事など無く、またネットで愚痴っているような暗く惨めなものも無かった。

 普通に仲の良い友人も出来た。

 普通に講義を受け、普通に課題をこなした。


 普通。


 違うのは、美佳とメールでやり取りを始めたこと。

 いつ送ろうか、何を伝えようか、と悩んで最後の【送信】が押せずにヘタレていたが、初めてのメールは美佳からだった。


 『こんばんは。初めてのメールだね!ちゃんとご飯食べてる?体壊してない?こちらはみんな元気です!』


 お袋かと思うような内容だ。


 『ちゃんと食べてるよ。元気でやってるから安心して。まだあちこち行ってないけど面白そうな所があったら紹介するよ。』


 『楽しみ!待ってるね!』


 他愛のない会話のやり取り。

 大学に行って以来、美佳とほぼ毎晩のようにどうでもいいようなメールのやり取りを続けていた。

 顔も見えず声も聞こえないメールだったが、普通の大学生活の中で唯一と言っても良いくらい、俺にとっては普通とは違う楽しい時間だった。




 そんな生活をして1年が経とうとする頃、美佳から地元の病院に事務員で内定を貰ったというメールが入った。

 卒業までまだ1年以上…と言うかまだ専門学校に入って1年経ってないのにもう就職?と思ったが、企業は翌年卒業の学生を対象に採用活動をするので、2年制の専門学校に通う美佳は高校を卒業して1年も経たないうちに就職活動をしなければならなくなるらしい。


 『おめでとう。今度帰ったらお祝いしなきゃいけないな。』


 『ありがとう!期待してます!』


 美佳の返信の最後にリボンをかけた箱の絵文字がいくつも付いていた。

 これはアルバイト頑張らないといけないなと思った。




 大学生活も1年が経った。

 大学2年生になっても相変わらず普通の生活だ。

 ただ、毎晩のように続いていた数え切れない程の美佳とのメールのやり取りは相変わらず楽しかった。

 時と共に美佳を好きな気持ちは膨らみ続けていた。


 そしてある日の美佳からのメール。




 『勝弥くんは好きな人居ないの?』




 昔訊かれた事があった。

 答えられずオドオドする俺を見て、美佳は楽しそうに笑っていた。

 それに反感を持った事も覚えている。


 それでも、美佳の事が好きでいたことも。




 Purururururururu...


 『はい…えっ…あっ…びっくりしたぁ!いきなり電話とかどうしたの?』


 「何か…美佳の声が聞きたくなってな。」


 『嬉しいこと言ってくれちゃうじゃない!』


 メールのやり取りがまどろっこしく感じたので、いきなりではあるが美佳に電話を入れた。


 「たまにはいいだろ?」


 『でも電話代掛かるよ?』


 「だから『たまには』だよ。」


 『分かった!それで?急に可愛い幼馴染の声が聞きたくなった理由は何かね?』


 おどけた美佳の声が聞こえてくる。

 本当に可愛いのでツッコミも不要だ。

 俺はゆっくり深呼吸をした。


 「さっきのメールの答え。」


 『うん。』


 「居るよ。」


 『そっか。』


 特に残念といった風でもない声色で美佳が答える。

 暫しの沈黙後、美佳が口を開いた。


 『勝弥くんが好きなその子は、勝弥くんの気持ちを知ってるの?』


 つまり、美佳が俺の気持ちを知っているかどうかと言うことなのだが。


 「直接伝えた事は無いから分からないよ。」


 『伝えないの?』


 「ずっと迷ってる。」


 『ずっと?』


 「そう…ずっと前から迷ったまま。」


 『どうして迷ってるの?』


 「今の関係が壊れるかもしれない…って怖がってるんだろうな。俺、結構意気地なしだから。」


 出来るだけ自嘲気味になるのを抑え、努めて明るく言ってみた。

 美佳は黙って聞いていた。


 「それに、俺の想いを伝えるってのは俺の満足でしか無いからな。相手は俺の想いなんか知りたくないと思ってるかもしれないし。」


 『勝弥くんはいつも自分だけ我慢してるね。』


 「俺が我慢すれば、少なくとも俺以外に迷惑は掛からないからな。」


 『大事な想いなんでしょ?一度くらい我慢せずに伝えてみてもいいんじゃない?』


 その想いを伝えたい人と今電話してるんだけどいいのか?


 『当たって砕けろって言うじゃない?』


 「他人事だと思って…それならさ…」


 久々に美佳の声を聞いてテンションが上がっていたのもあっただろう。

 会話の内容の雰囲気もあっただろう。

 半ば勢いに任せて言ってしまった。








 「俺が好きな人が美佳だ…って言っても今の関係は壊れないのか?」








 一瞬の沈黙。


 あぁ、やってしまったな。

 多分思いっきり引いてるんだろうな。








 『壊れないよ。』








 いつもと変わらないトーンの美佳の声が返ってくる。


 「え?」


 『何で壊れるの?』


 「いや…だって…恋愛対象じゃない奴から告白なんかされたら引くだろ?」


 少しの間。


 『そもそも恋愛対象じゃない人からの告白だったから全部断ったんだし…』


 「あ、あぁそれもそうか。」


 恋愛対象の相手から告白されたらOKして然るべき…それが無かったという事はつまりそういう事。


 『同じクラスだった内藤君にしても隣のクラスに居た秋山君にしても、断った後でも普通にお喋りしてたよ?高校卒業してからは音沙汰無しだけどね。』


 きゃっきゃと笑いながら昔を振り返る美佳。


 と言うかあいつらまで美佳に告白してたのか。


 高校時代、俺の周りでも美佳のファンは大勢居た。

 美佳に告白し、そして散っていった話が毎度の如く耳に入ってきていた。

 その都度、そっと胸を撫で下ろしていたのだが。


 『ましてや私と勝弥くんは生まれた時から一緒に過ごしてきた幼馴染なのよ?』


 「そ、そうだな。」


 『それとも勝弥くんは、私との関係がそんな薄っぺらいと思ってるの?』


 「い、いや…そういうわけじゃなくてだな…」


 美佳の勢いに押されてしまったが、確かに告白くらいで壊れる関係じゃないという謎の自信はある。


 『でしょ?でも…』


 「何だ?」


 『そういう探るような言い方は嫌だな。』


 「ぐっ…!」


 俺の失敗はそっちか。

 いや、当然と言えば当然…美佳がどういう反応をするか見当も付かなかった故に、俺はズルい言い回しをしてしまっていたんだ。


 「ごめん…」


 『本当に悪いと思ってるなら…」


 「うん…」








 『次帰って来た時に、直接私の顔を見ながら言ってよ。』








 な…なんだと?

 探るような言い方で、しかも電話ですらも心臓が飛び出て来そうなくらい緊張しまくったのに、それを、美佳の顔を見ながら言え…と?


 「そ、それは…!」


 『言ってくれないの?』


 目の前に居たら、上目遣いでお願いしてくるシチュエーションだ。

 勝手な想像だが、美佳の表情を思い浮かべると拒否出来る筈もない。


 「分か…った…」


 『楽しみにしてるね!』




 それからもう少しだけ雑談を続けてから電話を切った。

 楽しい時間だった事に変わりは無いが、とんでもない約束をしてしまったと思い出すだけで足が竦む。


 時は4月。

 次に地元へ帰るのはゴールデンウィークの辺りだろう。

 それまで俺は、地元から遠く離れたこの地で美佳への想いを重ねていく事になるのだが、今からプレッシャーに圧し潰されそうである。

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