夜桜の再会 ~嫌われたと思っていたのに~
久野真一
夜桜の日の再会
「
夜の桜並木を歩きながら独りつぶやく青年、
今日で20歳になる大学2年生の彼は少し憂鬱そうだった。
石畳の通路沿いに咲く夜の桜は、少し神秘的ですらある。
なのに、彼がつぶやくのは、遠い昔に別れた旧友の事。
辺り一帯は、
各サークルとも新入生の呼び込みに必死になっている。
賑やかな光景の中、彼が思い浮かべるのは旧友の姿。
背中まで伸ばした長い髪に、意思の強さを感じさせる瞳。
あんまり愛想がない顔。
成長期だし、胸は大きくなっただろうか。
太っていないだろうか。
そんな詮無きことを考える進夜。
「……ほんと、未練がましいよな」
ため息をつく進夜。手元のスマホには、メールの送信履歴。
ただの一度も返事が来たことがない、一方通行のメール。
本当に女々しい、と自分を叱咤する。
人は変わる。仲が良くてもいつしか疎遠になることもある。
一方通行の友情だったのかもしれない。
(誕生日おめでとうのメール、読んでくれたかな……)
今日は彼と同時に彼女の誕生日でもある。
彼女に進夜は誕生日おめでとうのメールを送ったのだった。
当然、返事は無かったのだが。
(「キモッ」なんて思ってるかもしれないかもな)
独りごちる進夜。
(ああ、もう。俺はガキかよっての)
がしがしと頭を掻きむしる。本当に感傷的だと自嘲する進夜。
今が、彼女と出会ったあの風景と重なるせいだろうか。
夜の桜が咲き誇る、あの公園と。
「そこの新入生!うちのサークルに寄っていかない?」
「え?」
威勢の良い声で、綺麗な女性に呼び止められる。
ああ、サークルの勧誘かと進夜は納得する。
「ちょっとぼーっと散歩してただけですんで」
「いいから、いいから。どうせタダ飯狙いでしょ?」
「ええとですね……」
すっかり出来上がった様子の女性部員。
拒む間もなくレジャーシートに引っ張り込まれてしまう。
「部長!新入生、二人目ゲットして来ました!」
部長らしき男性に向けて、ノリよく告げる女性。
周りがパチパチパチ、と拍手をする。
(ちょっと性質の悪いサークルに捕まったなあ)
景色を楽しんでいたのに。とため息をつく。
(新入生かどうかくらい雰囲気で分かれよ)
心の中で悪態をつきながら、腰を下ろす。
彼は、こういう馴れ馴れしいノリが苦手だった。
「じゃあ、まず、自己紹介だけお願い出来る?」
サークルの部長らしき人からマイクを渡される。
「あの……俺、2年なんですけど。新入生じゃないんですけど」
辺り一帯が途端にシーンとなる。
それもそのはず。
新入生と思ったら2年だったとなればバツが悪い。
「まあまあ。新入生じゃなくても歓迎だからさ」
しかし、部長はめげなかった。
(仕方ない。自己紹介だけして退散しよう)
進夜は心にそう決める。
「
端的に言い終えて、すちゃっと座る。
にわかに周りがざわめき出す。
愛想の無い自己紹介をしたのだから当然というもの。
(二度と会わない連中だ。どうでもいいや)
彼が投げやりな気持ちでいると、右隣から視線を感じる。
「?」
視線が気になった進夜は右を向いた。
視線を向けていたのは美少女だった。
整った顔立ちに、短く切り揃えた髪。
彼女を思い出させる、気の強そうな瞳。
愛想のかけらもない表情。
でも、彼女より大きめの胸。
と、進夜は違和感に気づく。どこかで見た記憶があるのだ。
髪は、短くなってるし、胸は成長してるけど。まさか……
「ひょっとして……進夜?」
彼にとって聞き慣れた声に聞き慣れた呼び名。
そして、この3年間一度として聞いたことがない声。
「まさか……
目の前の現実が信じられない。
進夜は思わず聞き返してしまう。
「う、うん。そうよ。でも、進夜がなんでここに?」
驚きを隠しきれない様子の夜桜。
「その台詞は俺がいいたいんだけど。なんでここにいるんだ?」
そう。今の彼女は北海道に居るはずなのだ。
「えーと。お二人さんは知り合い?」
先程の女性部員が口を挟んでくる。
ややこしいな、とため息をつく進夜。
「夜桜。ダッシュだ!」
手を引っ張って、走り出す進夜。
「ちょ、ちょっと、進夜!」
「いいから、走るぞ!」
戸惑う夜桜に構わず、手を引いて走り続ける。
「はぁ。はぁ。ここまで来れば大丈夫か」
数分走った末に大学から外に出た二人。
「はぁ。はぁ。何なのよ、いきなり」
「でも、関係がどうとか聞かれても答えられないだろ?」
「それはそうだけど……」
夜桜は不満そうな口調だった。
(って考えてみれば、夜桜があの場に居たってことは)
進夜は一つの可能性に思い至る。
「ひょっとして、あのサークル入るつもりだったか?ごめん」
罪悪感が湧いてくる。
「私も無理やり引っ張り込まれただけよ。だから、それはいいの」
本題は別にあると言いたげな口ぶり。
ただ、それは進夜の方も同じこと。
「なんで、進夜がここにいるのよ?」
「なんで、夜桜がここにいるんだよ?」
奇しくも、同じ疑問を二人は抱いていた。
「高2の直前、北海道に引っ越しただろ?一回も返事無かったのに……」
少し恨みがましい声になってしまう進夜。
夜桜が引っ越す直前のこと。
彼女は買ったばかりのスマホに設定したメールアドレスを教えた。
彼は「引っ越したら、すぐにメールを送るから」と約束した。
彼女も「メール待ってるから」と応じた。
夜桜が引っ越してから1週間後のこと。
進夜は旧友の近況を尋ねるメールを出した。
しかし、返事はなかった。
(あっちはあっちで引っ越し直後で忙しいんだろう)
たった1日だ。気にしすぎだ。
そう自分に言い聞かせた。
しかし、いくら経っても返事は無かった。
(見落としたのかもしれない)
そう思った彼は、メールを再度出してみた。
しかし、やはり返事は無かった。
非常に仲が良かった、少なくとも進夜はそう思っていた。
だから、ショックを隠しきれなかった。
「はぁ?何言ってるの?返事って……」
夜桜の顔は、心外だと言わんばかり。
「だって、メール送っただろ。全部無視されてショックだったんだぞ?」
来ない返信を待ちわびた日々を忘れたことはない。
だから、声には自然と怒りが籠もる。
「嘘!私のところには一通も来てなかったわよ!」
どういうことだ?と彼は首をひねる。
「メールアドレスを間違えた?でも、送信エラーは来てなかったし」
想定外の事態に混乱する進夜。
「……ねえ。その時の履歴って残ってる?」
なにかに気づいた、といった顔の夜桜。
「あ、ああ。ちょっと待ってくれよ」
言われて、進夜はメール履歴を掘り返す。
「ほら。haruno_yo@qmail.com。あってるだろ?」
春野夜桜。彼女の名前。
それを元にしたメールアドレス。
「ちょ、ちょっと。これ、間違ってるわよ!?」
「え、どこがだよ。確かに、メモの通りに……」
「haruno_yoじゃなくて、haruno_y0よ。
「はああ!?ちょっと待てよ、ていうことは……」
「進夜が0をoと読み間違えたっていうことよ」
「そんなのありかよ。なんで紛らわしい文字を使ったんだよ」
「QMailで、haruno_yoは取得済みって出たんだもの」
QMailは世界中で使われているメールサービスだ。
夜桜も引っ越すにあたって、QMailのアドレスを取得したのだった。
彼女が言っているのは、haruno_yo@qmail.comは既に取得済みということ。
彼の出したメールは見知らぬ誰かさんに届いたということだ。
「マジか……そんな偶然ってあるんだな」
彼は驚愕に目を見開く。無理もないだろう。
その出来事は彼の心に深く傷を残した。
内心で嫌いだったんじゃないか。
向こうの生活で手一杯で、忘れているのかもしれない。
何度も何度も考えた。
「ごめんなさい……。私が紛らわしい文字を使ったばっかりに」
彼を傷つけた。
そのことを改めて思い出したのか、しゅんとした様子になる夜桜。
「こっちもちゃんと確認せずに悪かった」
殊勝な態度に、進夜も毒気を抜かれてしまう。
「でも、良かった……。進夜が私のことを嫌いになったんじゃなくて」
夜桜の目からほろりと涙が溢れる。
次第に、勢いは増して行き、ポロポロと涙が溢れる。
「お、おい!?なんで泣くんだよ?」
予想外の反応におろおろとするばかりの進夜。
「だって、引っ越しても、遠くになっても、親友だって言ってくれたのに……。メールくれるって約束したのに。メールの一通も無かったし。それに、私から進夜のスマホにメール送っても、返事がないもの。嫌われちゃったんだって、ずっと、ずっと、悲しかったんだから……!」
涙を拭いながら、途切れ途切れに思いの丈を告げる夜桜。
「あー……アドレス変えてさ。送ったんだけど……」
「間違ってたら、届くわけない、わよね」
泣き笑いの笑顔の夜桜。
「ま、そういうことだな。不幸なすれ違いってことで許してくれるか?」
傷ついたのは彼女だけでなく、彼も同じ。しかし。
気丈な彼女が泣く程のこと。ショックはそれ以上だったのだろう。
そう感じた進夜は素直に謝った。
「許すも何も、私も悪かったんだし。はじめから許してるわよ」
「よかったよ。んでさ……お前が戻ってきたら、言いたいことがあったんだ」
「?」
キョトンとした様子だ。ああ、もう。
こっちから言わないとわからないか、と頬をポリポリを掻く。
「おかえり、夜桜」
「うん。ただいま、進夜」
言い合った瞬間、二人は空白の3年間が繋がった気がした。
こうして、奇しくも二人の誕生日に彼らは再会したのだった。
夜桜の再会 ~嫌われたと思っていたのに~ 久野真一 @kuno1234
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