最終話 椿の恋

 最後の登校日を迎えた。

 今日を終えれば、これから冬休みを迎える。

 天候に恵まれ、この日は雲一つない晴天となった。天気もこの日の為に気を利かせたかのように、今まで崩れた天気が嘘のようだった。

 それはどこか、私の心を反映しているのではないかと、思うほどに。

 朝から長い校長の話が、体育館で披露される。私たちはそれを黙って静聴しなければならない。けれど、気持ちは既に休みに入っている人間も多く、周囲の生徒の中には眠りこけているものもいる。


 長い校長の一人演説も終わり、それをキッカケに学校は終わりを迎える。

 束縛から解放されると、途端に祭りのように辺りが騒然となる。私も、思いっきり背を伸ばして、解放された喜びに浸る。

 誰もが体育館から外へと、飛び出していく中で、私は一人だけ校内へと向かう。

 何時もの場所で待っている人がいるからだ。


 図書室へと辿り着く。扉が半開きなのは、もう、馴れた光景だ。

 スーッと扉を開くと、そこに寝ている彼がいた。

 何時もの場所で、幸せそうに寝ていた。

 私は、起こすのがもったいないので、本を棚から取り出しその隣に座る。

 彼と話したい事が山ほどあるが、それは起きた時でいいか。


 本を片手に、これからの事を考えた。

 冬休み、彼は旅行に行くと言っていた。だから旅行から帰ったら一緒にまた遊びに行きたい。

 正月は初詣。それから、二月にはバレンタインもある。

 考えると、色々あるけど、それらは彼と一緒に過ごす日々と考えれば、嬉しさしかない。


 思えば、この図書室は今まで一人だけの世界だった。

 それで私は良いと思っていた。

 けど、それは違った。ただ、それしか知らなかっただけだった。


 あの日、あの時、ここで彼と出会った事で全てが変わった。

 この図書室は一人だけじゃなく、二人の世界になっていた。


 本を読み進めていく途中、以前彼が言っていた事を思い出した。


「そういえば……」


 寝ている柳君の手に私の手を重ねる。きゅっと握りしめる。

 きっと起きた時、彼は驚くだろう。いや、もしかしたら覚えていた事を褒めるかもしれない。

 そして私は彼の手を握る。







































「――――柳君?」

















 あるべきものが、彼には無かった。

 あまりにも突然で、それはまるで、本当に椿の花のように前触れもなく。



「柳君! ねぇ、柳君! 起きてよ!」


 無我夢中で彼の体を擦る。

 何の反応もない。どんなに強くたたいても、彼は身動き一つしない。

 嫌だ。絶対に嫌だ。

 携帯を取ると、震えた指で電話を掛けた。

 助けて欲しい、その一心で。


『はい、もしもし。藤崎七海ですが?』

「藤崎さん! 藤崎さん! どうしよう! 藤崎さん!」

『――小宮ちゃん? どうしたの?』

「助けて! 彼が、柳君が!」

『落ち着いて、小宮ちゃん。宗ちゃんに何かあったのね?』

「どうしよう、どうすれば良いですか? 目を覚ましてくれないんです」

『場所は? 学校?』

「はい、学校の図書室です……」

『分かった。私が救急車を手配するから、小宮ちゃんはそこで待ってて」


 会話を終えると、直ぐに電話を切られる。

 彼の手を両手で強く握りしめた。


「起きて、起きてよ柳君。まだ、何もしてないよ? これからだよ?」


 返事は無い。ただ、本当に幸せそうな笑みだけを浮かべている。

 夢を見ているのだろうか? とても幸せな夢を。


「旅行はどうするの? 初詣いくんでしょ? やる事残ってるよ?」


 涙が、止まらなかった。

 嗚咽と混じって聞くに堪えない声を出していた。


「起きてくれるまで、手を握ってるからね? だから、早く目を覚ましてよ」



 待ってる。

 私は彼が起きる事を信じて。ずっと待ってる。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る