第13話 告白

 何も答えない柳君。

 何を考えているのか、はたまた何も考えていないのか。


「どうして、黙っているんですか?」


 自分の声が震えていた。

 それは寒さもあるが、心が震えているからだ。

 催促ともとれる私の言動に、彼は一度目を瞑った。

 それは何てことない動作。


「小宮さんの事は好きだよ」


 何時もと同じ調子で柳君は口にした。

 それは単なる逃げの言葉だというのは、私でも直ぐに理解できた。



「それは愛しているという意味ですか?」


 彼の顔色が変わる。私が追及してくるとは思っていなかったのか、目を丸くしていた。


「……七海さんに何か言われたの?」

「違います。七海さんは関係ありません」

「じゃあ、どうして突然そんなことを?」


 そんなこと。

 その単語に、私は逆鱗に触れられた気持ちだった。


「そんな事、なんかじゃない!」


 彼は何もわかってない。

 こうして訊くことが、どれだけ勇気がいる事か。

 苛立ち、悲しみ、怒り。全ての感情が混ざり混ざって、涙があふれそうだった。


「本当は聞くの迷ってた。やめようと思ってた。けど、今言わないと後悔しそうだったから」

「小宮さん……」 

「私は、私は……柳君の事が」


 ――好き、です。そう、伝えたかった時。


「椿の花」


 それは遮られる。

 何の脈絡もなく、彼の口からそれは出てきた。彼の表情は先程までの笑った顔は消えて、どこかしおらしく、暗い顔をしていた。


「覚えていますか小宮さん。椿の花の話」

「え? あ、うん……以前柳君が見せてくれた」

「そうです。その椿の花です」

「それがどうしたの?」


 今どうしてその話をするのか、私には分からなかった。今、重要なのはその話ではない、と。彼に言いたかった。ただ、彼が話している内容がとても大事な事のように思えてならなかった。

 舞い降りる粉雪を彼は掌で受け止める。

 一瞬で溶けてなくなる粉雪。その掌をしばし眺める。


「僕は椿の花なんです」

「どういうこと?」

「咲き誇った椿の花は、突然その生涯を終える。僕も、それなんです」

「柳君、何を言ってるのか分からない。それって――」


 聞きたくない。

 冗談です、と彼に笑い飛ばして欲しかった。

 何を言わんとするのか、それは間違いなく朗報などではないことぐらいは判断出来た。

 彼は右手を、自身の左胸に手を当てた。


「心臓が、よくないんだ」


 言葉を、失った。

 その事実を私は知ってしまって。彼は私に事実を教えて。

 目の前が、真っ暗になる。



「何時……何時から心臓が良くなかったの?」

「子供の頃から。正直、今生きているのも不思議なぐらい」

「手術とかしたら治らないんですか?」


 彼は力なく首を横に振る。


「僕はもともと体が弱いんだ。他にも病気があって、手術は無理なんだ」

「嘘。嘘だよね柳君? 悪い冗談だよね?」


 夢であって欲しい。けれど、それは自分の眼から熱いものが、現実であると教えてくれる。


「何で今まで教えてくれなかったの?」

「小宮さんが優しいから」

「そう思ってくれてるなら何で――」

「知ったら僕に対する対応、変わっちゃうでしょ?」


 反論できなかった。

 事実、もし知っていたのなら、私は今までのような対応をとることはしなかった。

 例え、病気自体がどうする事もできないとしても。


「じゃあ、最近たびたび会えなくなってたのって……」

「病院だよ。元々学校も休みがちだったけど、最近調子が悪くなってきてね。余計な心配をかけさせたくなくて、黙ってた。あと、手帳は日記なんだ」

「日記?」

「子供の頃からつけるようにしていてね。何時、自分が死んでもいいように」


 無知は罪である。

 その言葉を今ほど実感した日は無かった。

 私は、彼を知っているつもりなだけだった。何も、分かって無かった。



「最初あった時の事覚えてる?」


 その問いに私はうなづく。

 その出来事は昨日の事のように鮮明に思い出せる。

 あの日、彼と出会った時の事。それほど印象が大きかった。


「実はね、以前は寝るのが怖かったんだ」

「寝るのが怖い?」

「一度寝たら目が覚めないんじゃないかって。怖くて、本当に怖くて仕方なかった。瞼を閉じたあの暗い世界に、引きずり込まれるような感覚が怖かった。あの日、小宮さんと会うまでは。あの時、図書室で目が覚めた時、小宮さんがね天使に見えたんだ。冗談でもなんでもなく、本当に。でもその時、小宮さんが違いますって言うからさ」

「あ、あれは……なんていうか」



 まさかそんな事になっていたとは考えてもいなかった。

 あの時は必至で、恥ずかしくて、とにかく誤解を解こうとしただけだ。

 複雑ではあるけど、彼がそのおかげで救われたというのなら、私にとっては嬉しい事だった。



「一目惚れでした」

「え?」

「僕は、あの時からずっと小宮さんの事が好きでした。君と一緒に居る時だけは、とても心が落ち着いていて、ずっとそばに居たいと思った。柳宗一は、小宮椿を愛しています」



 それはまるで独白のような物の言い方で、思っていたような告白ではなかった。

 けど、それは柳君らしい告白で、私が最も望んでいたものであった。

 自分と彼の気持ちが一緒だという事に、この時だけは感情が爆発しそうな程喜びにあふれた。


「けど、この気持ちは小宮さんには伝えずに終わろうと思ってた」

「どうして?」

「僕の命が短いから。小宮さんが傷つくだけだから」

「短いって、どれぐらい?」

「分からない。ただ、医者も言ってたけどそんなに猶予はないと思う。本当は小宮さんと会うべきではなかった。でも、会うたび、小宮さんと話すたびに、僕は一緒に居たいと思ってしまった……」

「柳君……」

「明日から、もう会わないようにしよう」

「何で! どうして?」

「辛い思いをするのは小宮さんだ。お互い、気持ちが一緒なら尚更のことだよ。だから……」

「馬鹿! 柳君の大馬鹿!」

「小宮さん?」

「何が椿の花よ、何が病気よ! 皆、何時死ぬかなんてわからない、皆も椿の花なのよ!もしかしたら明日にでも私の方が死ぬかもしれないじゃない。けど、一生懸命生きてる。私は、柳君と一緒に過ごしたい、死ぬ時まで一緒に過ごしたい! なのに、なんでそんな事言うの!」


 思いの丈全てを吐露して、なきじゃくって、その場にへたりこんだ。

 子供のように泣いた。駄々をこねる子供のように、泣いた。

 

 ぐい、と体を起こされる。目の前に、みたことないぐらい真面目な顔をした柳。


「本当に、良いの?」


 頷く。


「後悔するよ?」

「後悔しない。だから、私は今日伝えたもの」


 気持ちを汲み取ってくれたのか、彼から諦めに似た溜息が聞こえる。


「小宮さん、僕と付き合ってくれますか? 僅かかもしれないこの時間の僕と」

「返事はした方がいい?」

「いえ、断られると困るので良いです」


 憑き物が取れたように、爽やかな笑みでそう彼は言った。

 先程の焼き直しのような場面。

 彼の顔が近くにあり、今にも触れそうなほど近い。

 ただ、先程と違う事が一つだけ。

 今度は離れず、その肌が触れ合った事だ。

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