彼女が欲しかった俺が、不幸に打ち克つまで。
小倉桜
第1話 「どうなったの!?」 心配そうに叫んだ。
※注意
こちらの作品は、『彼女が欲しかった俺が、日常に変化をもたらすまで。』という作品の続編になります。
まだ読んでないよという方は、そちらからご覧くださるようお願いします。
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「あのね、まずはジェットコースターに乗りたい!」
「
「大丈夫!」
俺は、右手でお父さんと手を繋ぎながら歩く。
後ろには
とてもいい天気で、遊園地には絶好の日。
いろいろなものがある遊園地だけど、俺はジェットコースターに乗ってみたかった。
天気がいいという理由も相まって、歩く人は多くいるように感じる。
「心優は、ジェットコースター乗る?」
「うん!」
それからもほかに乗りたいものを、俺と心優は一生懸命お父さんとお母さんに話し続けた。
どのくらい話していたのだろうか。
お父さんとお母さんは微笑みながら優しく俺たちの話を聞いていた。
しかし、その時に起こったのだ。
あの悲劇が。
なにがあったかはまったくわからなかった。
不思議な、何かが擦れるような甲高い音を聞いた気がする。
いや、それだけじゃない。
周りの人の悲鳴、いや、お父さんとお母さんの悲鳴と叫び。
気づいた時には体が宙に浮いていた。
どうしてそうなったのかもわからない。
わかるのは、体中が痛いということだけ。
腕や足に擦り傷がある。
もう一つわかったことがある。
繋いでいたはずのお父さんの手。
自分の手から離れていた。
周囲を探すとそこは赤い水たまりができている。
これは一体何なのだろう。
その時の俺には理解ができなかった。
心優が痛みで泣いている。
お父さんとお母さんは一言も話さない。
「お父さん? お母さん?」
二人は痛くないの?
痛かったら涙が出て、泣いちゃうものなんじゃないの?
しばらくすると、救急車の音が聞こえた。
そこから先は、憶えていない。
ただ、子どもながらに気づいてしまった。
お父さんと、お母さんに、もう二度と会えなくなるかもしれないということが。
そしてそれは、現実になったのだ。
※※※
気づくと、俺は病院にいた。
心優が事故に巻き込まれたと聞いたのは
足がパンパンだから、おそらく前者だとは思う。
しかし、そんなことは今はどうでもいい。
今は、一刻も早く心優のところへ……。
「心優は! 心優はどうなったんですか!?」
「落ち着いてください!」
たぶん。
この人はここに勤める看護師だと思う。
相手が女性だということはわかった。
「あ、康太くん!」
「
俺のお父さんの弟……叔父に当たる人だ。
真也さんの奥さんも含め、俺たちの両親が亡くなってから一番お世話になった人だ。
「心優は! 心優はどうなったんですか!?」
「とりあえず命に別状はないらしい。病室に行こう」
そこで俺は一瞬ほっとした。
命に別状はない……それがどれだけ救いになるか。
でも、真也さんの表情は険しいままだった。
命に別状がないというのに、どういうことなのだろうか。
俺は真也さんに続いた。
402号室。
そこが心優のいる個室だった。
心優はどうやら眠っているようだ。
ちょっとした擦り傷しかなく、外傷としては素人目にも大丈夫であるということはわかった。
「見ての通り、外傷は問題ない。そして、検査の結果骨が折れてるとかそういうこともなく、命に別状はないどころか、子どもが転んだ後のような傷しかないそうだ」
「じゃあ、何か問題でも……?」
「それが、もう目覚めてもおかしくないはずなのに、全然目覚めないんだ」
「……は?」
言っている意味がわからなかった。
目覚めない?
眠っているとかそういうことじゃなくて?
「最初はただ眠っているだけなのかと思われたんだけど、なんだかそうでもないような感じらしくて……。よくわからないみたいなんだ」
「原因不明ってことですか……?」
「まぁ、そういうことになってしまうね……」
聞けば、実際に車に轢かれたというわけじゃないらしい。
反射的に避けようとし、運よく車には轢かれなかったそうだ。
もう一人心優と同じようにした人がいたそうだが、その人には最初から意識があり、とりあえず病院に残っているという状態らしい。
でも、心優は運ばれる前から地面に倒れていて、意識がなかったらしい。
外傷は大丈夫そうだったが、どこかが折れているのではないかなどを考えたそうだが、そんなこともなく、ただただ眠っているという状態らしい。
「医者は……?」
「とりあえず様子を見るしかないそうだ」
昔のことが脳裏を過る。
まさかこのまま目覚めないんじゃないか。
そんな考えが止まらない。
「うっ……!」
「康太くん!?」
頭が痛い……。
眩暈がする……。
なんだ、これ……。
「康太くん!? 大丈夫かい!?」
「はぁ……はぁ……なんとか……」
頭痛も眩暈も徐々に和らいでいく。
こんなに痛いのは初めてだ。
「来る途中に転んで頭を打ったとか、そういうことはないかい?」
「憶えてません……」
「一応見てもらいなよ」
「はい……」
俺は、真也さんに連れられて一応見てもらった。
真也さんが肩に腕を回して導いてくれている。
まだ頭痛も眩暈も収まっていなかった。
そんなぼんやりとした中、思うことがある。
心優が……心優がいなくなってしまったら……。
俺は、どうすればいいんだろうか……。
※※※
ガタンと体が揺れる。
今は真也さんに家まで送ってもらっていた。
どうやら本当に自転車で来ていたようで、水分などが不足していて頭痛や眩暈が起こったとのことだった。
自転車を車の後ろに乗せ、真也さんは黙って車を運転する。
「康太くん、今日は家に来るかい?」
真也さんはそう言ってくれたけど、俺は丁寧に断った。
それじゃあ俺は完全に一人だと、心優がいないと思ってしまう。
家に帰りたい。
真也さんは気持ちを察してか、俺と心優の暮らしている家に送ってくれた。
車から降りる時に、何かあったら連絡するようにと釘を刺された。
俺たちはあんまり連絡しようともしなかったから、当然か。
家に着くと、すぐに
「
「命に別状はないみたい……。むしろ子どもが転んだ擦り傷くらいなもんだって……」
「よかったぁ……。あ、今日は家に泊まる? ごはん食べなよ」
「ごめん……。一人にしてくれ……」
「あ……」
俺は、家の鍵を開けて扉を開いた。
真っ暗の部屋。今、何時だろう。
電気も付けずに廊下を進む。
リビングの扉を開く。
特に変わり映えもしない、いつものリビングがそこにはあった。
当然心優はいない。
キッチンに行っても心優はいない。
心優の部屋に行っても、俺の部屋に行っても、そこには誰もいなかった。
「どうして……。どうしていっつも俺たちなんだ……」
どうして交通事故ってやつは絶対に俺たちを巻き込むんだ。
俺も心優も、何も悪いことしていないって言うのに。
神様は俺たちのことがそんなに気に食わないのか。
「父さん……母さん……」
俺は、どうすればいいんだろう。
その場に蹲って考えてもわからない。
心優はどうして家にいないんだろう。
目覚めない?
なぜ?
なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ。
「どうして……」
もう、声も出なかった。
※※※
次の日の日曜日。
俺はソファーの上で目が覚めた。
体中が痛いが、起き上がってキッチンに向かう。
冷蔵庫に入っているバナナを取って適当に食べた。
時間的に問題なさそうなので、俺は病院に向かった。
電車を使って
手に持っているお菓子などがひどく重く感じた。
病院内に入り、受付を過ぎて心優のいる病室の前。
ノックをしてから扉を開き、心優が眠るベッドの傍に近づく。
昨日と変わらず、心優は眠っていた。
「心優……」
俺は近くのテーブルに持ってきたお菓子をそっと置く。
心優は規則的に呼吸をしていて、すぐにでも起きるんじゃないか。
体を揺すれば起きるんじゃないかと思わせる。
俺は椅子を近くに寄せて腰を下ろした。
心優の顔をじっくりと見ることは久々だったが、やっぱり亡くなった母さんによく似ていた。
「っ……」
ベッドに横たわる母さんのことを思い出す。
俺と心優を庇った父さんと母さんは重症だった。
助からないというのはなんとなく理解してしまった。
でも、それでも、俺は信じてやまなかった。
また、父さんと母さんと一緒に過ごせることを。
父さんと母さんのおかげで、俺と心優は軽傷だった。
だからこそだったからのかもしれない。
しかしそれは叶うことはなかった。
事故当日。病院に運ばれてしばらくしてから、父さんは帰らぬ人となった。
最初は信じられなかった。
何度も思った。
俺と心優はこんな怪我で済んだのに、どうして父さんと母さんは目を開けてくれないのかと。
そして父さんは永遠に目を開けなくなってしまった。
母さんも目を開けてくれない。
いろいろな機械を繋がれて、ぴくりとも動かない。
頭を撫でてくれない。何も答えてくれない。手を握っても、その手は握り返してくれなかった。
そして事故から三日後。
永遠に目覚めることはなくなった。
俺は心優の頭を撫でてみる。心優に声を掛けてみる。心優の手を両手で包み込んでみる。
しかし何も、反応はなかった。
それから約二十分ほど。
周りの整理などをしながら心優を見ていたが、まったく目覚めなかった。
心優の頭に軽く手をポンと置いてから病室を出るために歩き出す。
「っ!」
その時、ひどい眩暈に襲われた。
立っていることが難しくなり、その場に倒れ込んでしまう。
襲ってきたのは眩暈だけじゃなかった。
ひどく頭が痛い。
あの時と同じだ。
初めてこの病室を訪れた時と……。
「なんだ……これっ!」
しばらくすると、頭痛も眩暈も引いていった。
もう体に異常はない。
「何だったんだ……」
俺は、病室を出て、病院を後にした。
姫奈駅から電車に乗り、咲奈駅で降りる。
家まで歩き、玄関の鍵を開ける。
「ただいま」
しかし誰からも返事はない。
なんだかひんやりとした空気が、俺を出迎えていた。
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