しあわせな朝焼け

不可逆性FIG

Satisfying dawn.

 蒸し暑さの残る晩夏の九月、僕と彼女は特に意味もなく真夜中に海を目指して車を走らせていた。等間隔に置かれた白色灯が後方へと流れていく単調な夜景。ラジオからはアンニュイなスムースジャズ。隣で眠る彼女の穏やかな横顔。

 きっと朝までには到着するだろう。頼りない灯りに導かれながら、暗い闇夜に向かって僕はひたすらにアクセルを踏み続けた。


「今日は友達の家に泊まるって言ったから大丈夫」

「そうか、じゃあドライブデートでもするか」

 僕は大学に通うため一人暮らしを選び、一年前に免許を取った。自立したかったというのもあるし、何より自由が欲しかったのだ。我が家には再婚同士の両親と高校生の義妹がいて、寄せ集めの家族ごっこから少し距離を置きたかったのだ。そして彼女と会う時間を作るためでもある。

 この賢くも愚かな選択に僕は「これが正しいことなのだろうか」と、未だ答えを見出だせずにいるのが現状だ。さんざん迷って辿り着いたのが、この狭いワンルームの聖域なのだから笑い話にもならない。恋愛というものは、もっと世界が華やかになる……そう思っていたのに。


 海から――

 海から吹く潮風が肌の上を優しく滑っていく。眠る彼女を車中に残し、僕は海岸線の駐車場で普段は飲まないブラックコーヒーに口を付けた。香ばしくて苦い泥水が腹の中に流れていく。だけど、これでよかったのかもしれない。正しくない僕の選択に、彼女の未来を巻き込んでしまったことへの細やかな報いだと思えば、それで。

 夜明け前の海に向かって、ぼたぼたと想いを吐露する。

「……出会わなければ、こんな苦しむこともなかった。僕はともかく、きっと彼女の気持ちは愛ではなく、それとよく似た感情に焦がれているだけなんだ。僕が、僕だけが愚かだから、もし天罰なんてものがあるなら、どうか僕だけを、神様……」

 倫理観なのか、罪悪感なのか、臆病かはわからないが彼女とはまだ一線は超えていない。それだけが僕の僅かな矜持でもある。

「嘘つき。神様なんて信じてないくせに」

 寝ていたはずの彼女の声が隣から。

「別に私のこの気持ちが愛じゃなくてもいいの。兄さんと居る今がしあわせなのは嘘じゃないから」


 夜明けの世界が赤く染まっていく。水平線の向こう、東の空から幼い太陽が晩夏の残滓に散らされてゾッとするほど美しい朝焼けが真っ赤に包み込んでいく。

 そんな世界から隠れるように車の影で、僕たち兄妹は涙の味がする禁忌のキスを交わした。

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