そして、彼がやってきた.4

 「おはようございます、村長」

 ある日の昼間、イノウエ・カツヤは村の若者の声で目を覚ました。知らない内に眠ってしまっていたようだ。声をかけた若者に「ああ、おはようございます」と返事をして、椅子から立ち上がろうとした。すると眩暈と頭痛がして、足元がグラついた。

 「大丈夫ですか、村長」

 若者がカツヤを支える。「大丈夫です」と答えたが、実際は違った。体調は万全ではない。原因は単純な疲労だった。カツヤは人口150人ほどの自分の村を隠すために極めて高度な魔法『幻想魔陣』を使っている。そのため彼は、絶え間ない集中を求められていた。

 『幻想魔陣』は任意の空間に結界を張る魔法だ。結界で覆った土地は、周りの人間からは視認できなくなり、結界を破ろうとする者を弾き飛ばす。術者と【契約】を交わした人間だけが結界を通過できる。ただし、使っている間にも術者は魔法力を消費し続けるため、普通ならば長く使い続けることはできない。しかしカツヤはチートで、無限の魔法力を持っていた。おかげで365日、24時間、ずっと『幻想魔陣』を使い続けることができる。常人には決して真似ができない、無限の魔法力を持つチートだけが可能な芸当だ。

 しかし、問題もあった。カツヤの魔法力は無限だが、体と気力は無限ではない。カツヤは人間としては最高の肉体を持っている。全盛期の20代の肉体のまま――その気になるまで――歳をとることもない。それでも魔法を使い続けることは、集中力を常に使い続けることは、慢性的な疲労に繋がっていた。誰かと話す時も、食事をとる時も、排便をする時も、寝る時も、彼は常に『幻想魔陣』に意識を使っていた。出来ない事ではないし、この十数年で慣れてはきた。しかし確実に疲労は蓄積していく。せっかく転生時に整えてもらった美しい顔にも、酷いクマができていた。カツヤは最近よく転生前のことを、ブラック企業でサーバー保守をしていた頃を思い出す。365日24時間、常に付き纏う絶え間ない緊張。休みにならない休み。休日でも、何かあれば電話一本で上司に呼び出される。あの感覚だ。

 疲れている。幻想魔陣を解いて休みたい。そんな考えが頭をよぎるたび、すぐに自分をたしなめる。そんなことをしてはダメだ。危険すぎる。もしこの村の存在を危険な連中に知られたら、厄介なことになる。自分は、この村の人間たちを守ると決めたのだから。

 心配そうな顔をした若者に、カツヤは微笑んだ。

 「ハハ、すみません。座って休むだけのつもりが、ついつい眠ってしまっていました。昨日の夜に、遅くまで本を読んでいたから……すみませんね」

 笑いながらも、若者の顔に浮かぶ不安の色を、カツヤは見逃さなかった。カツヤは背筋を伸ばした。心配をかけてすまなかった、自分は確かに疲れているが、決して使い物にならないわけじゃない。この村を、ジャクア山の麓に数十年かけて築いた、かけがえのない居場所を命に代えても守る。そう若者に態度で示すと、相手もまた背筋を伸ばし、答えた。

 「失礼しました、村長。それで……報告なのですが、巡回隊が倒れている人間を見つけました。種族は人間で、年齢は30代前後。砂漠を彷徨い歩いていたのでしょう。かなり衰弱していたので、簡単な治癒魔法で体力の回復を行い、今はとりあえず檻に入れています。まだ意識は戻っていません」

 カツヤは、この手のトラブルには慣れていた。対処法も決まっていた。餓えた流れ者は、基本的に助ける。そしてこういう時、まず確認すべきことは、

 「それは……こっちの世界の人間ですか?」

 「ええ。恐らくチートではないと思いますが、一応、確認してもらえればと」

 「了解しました。会ってみましょう」

 「それと、またナギのやつが村から逃げ出そうとして。檻に放り込んでいます」

 「またですか。懲りない子だ」

 カツヤはそう言いながらも、頬が緩むのを感じた。

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