第25話 出荷


「あれは、 売買人だよ……」






売買人?つまり私たちを売るってことかしら。




「引き渡されたら、俺たちはどこかへ行ってしまう。




どこに行くのかも、わからない。全く知らないところで一生を終える事になるんだろう」






とにかく危険な人たちと言う事だけはわかった。






「よう。


いいね。決めたよ。こいつをもらってく


あと、こいつと、こいつもだ」




「へぃ、ありがとうございます」




「じゃあ、俺んとこは、こいつ、こいつだ」




「まいどあり


いやーあなたもなかなかお目が高い」




選別人はうれしそうにしている反面、選ばれた人の連れていかれ方はまるで人権などないような連れていかれ方だった。




「さぁ、お買い頂いた方々には、リストをお配りしております。


また、選びかねている、事業主様も、こちらのリストを見て、選ばれてみるのもいかがでしょか?」




選別人はさらに呼びかけた。




「おい、こいつが良い


この赤毛の奴だ」




一人の男の人が、私の目の前に立って指をさした。




「はいはい。どちらでー」




選別人は飛び跳ねる様に高揚しているのが窺える。




「いや、これは、ちょっと、おやめ頂いたほうが良いかと」




選別人が急に冷や汗でも出すように、顔を引きつった。






「こんなやつは珍しい。


それに、なんて綺麗な瞳なんだ。


これは、もはや、ガーネット。




パイロープガーネットの様だ」






え?私なの…………?






「いや、こいつは今回のとはちがうんですわ。


それに見て下さい。この汚らしい姿なりを。


仮に、売り物だったとしても、こんなに傷だらけでぼこぼこの体をした奴ですから。


価値にも値しませんぜ」




「あぁ、売るつもりもねぇ。


譲ってくれねぇか?


目だけでもいい


片方だけ俺に譲ってくれ」




なんですって?


私の目を欲しいと言っているの?




しかも私の体の事を、全くの他人に許可を得てもらおうだなんて、お願いする相手もおかしいわ。




それに、そんなことしたら目が見えなくなっちゃう。




そんなの嫌よ。




「ですから、何度も言っているように、これは売りもんではないんですよ」






「じゃあ、なんでここに入ってんだよ」




「訳あって、ここにぶち込んでいるんですよ」


これ以上勘繰りを入れると、あなたここのオーナーに殺されますよ? 」




選別人の人相が変わる。冷たく鋭い目が、その場の空気を一気に切った。




「わ、わかったよ。もういらねぇよ。」




「お解り頂けて良かった。


ささ、こちらへ、こんなくずではなく、もっとオススメできる素材がありますから」




選別人の表情がころりと変わる。




私を守ってくれたの?


とりあえず、目を取られなくてよかった。


言い方はすごく聞いていて腹立たしいものだったけど。






にしたって、売るのが仕事なら、どうして私を?




こうして、気づけば牢にいた半分以上の人がいなくなっていた。




いなくなった人たちは皆彼らに買われたのだそうだ。


そして、彼らの乗ってきた馬車に押し込められ、ある市場に向かう。


そこで、買われた人たちが競売みたいなものにかけられるのだそうだ。


自分の主が決まると、後は彼らの言いなりになるのだと、ミゲルが震えながら教えてくれた。




「もう、終わりだ。 奴らが来た。


俺たちも終わりなんだ」




「まだ終わってないわ。


これから、逃げ方を探せばいいじゃない」




「見ただろ。それに、俺たちのリストが作られた。


もう、どうしたって終わりなんだよ 」






ミゲルは嘆いて、諦めていた。




お母さんに会うんじゃなかったの?


そんなに簡単にその思いを捨てれるモノなの?




私には、どうしてそんなに簡単に諦められるのか、そこはわからなかった。




あんなに、私と同じ思いをした人だと思っていたが、私なら、そんなに簡単に諦められない。




だって、一生離れ離れになっちゃうんでしょ?


どうしたって逃げようとすると思うんだけど?




私たちは言い争うように話ていたが、それ以上お互いの気持ちを理解し合える事は無かった。






そして打って変わって静寂が続いた。


なんだか気まずい。


私、間違ったことは言ってないと思うんだけど。




ディアンカとレベッカの方を見たが、相変わらず彼女らは話に入って来ようと言う素振りすらない。




そんな静寂が何時間も続いて、ミゲルが謝って来た。




「ごめん。ティターナ。


お前に当たってしまって」




「ううん。私こそ言い過ぎたかも。


ごめんなさい」




「お前の言う通り、まだあきらめず、何か掴んで見るようにするよ」




「うん。一緒に探しましょ


離れ離れにならない為にも」






なんだか、ミゲルとまた、少し絆が深まったような、お互いの事を理解し合えるような存在になれたような気がした。




それが、私にはうれしかった。






それからミゲルは、自分の住んでいた町の事や、自分のお母さんの話を語ってくれた。


これには房の皆が耳を傾けた。


レベッカたちも、話には入ってくる気は無いが、静かに聞いていた。




「お前も、来いよ。もし、家がないならさ、うちに住めばいい。


一緒に住もう。きっと楽しいぞ」




私に住むところができた?


いいの?私が住んで?


確かにここを出たら、私には帰れる場所など、無い。


私のお家はあるけれど、きっと私は独りぼっち。


そもそも家まで帰る手段も、道もわからない。




「私なんかが住んでもいいの?」




「もちろんだよ、困った時はお互い様だろ。


それにおまえなら、うちの親も大歓迎だ」




嬉しかった。ただ、私にも一緒に入れる居場所があるかもしれない。


それだけでうれしかった。


「うん。ありがとう」


私はすごくうれしかったんだ






「でな、


あっ、やばい、看守だ」




扉が開く音。


その音と共に楽しい会話は終わった。






入ってきたのは看守ではなく、選別人だった。




看守もそばにいたが、どうやら今回私たちに用があるのは選別人の方みたいだ。


不敵な笑みを浮かべながら、彼は名前を呼んだ。


なんて顔をしているのかしら。まるで人の不幸を喜ぶような笑顔。






「ミゲル。


ミゲル・ロシュナウテ」




それは、私たちの房にいる、彼の事だ。






「ミゲル・ロシュナウテ、」




彼はこちらに近づいて来るでもなく、扉の前の階段の上から、語り掛けた。


まるで、じらすように、話す内容を、ゆっくりと楽しんで味わうように。




「喜べ。外に出れるぞ。


よかったなぁー」






えぇ?どういう事?


ミゲルは解放されるの?


それは嬉しいけど、そうなったらまた、私は一人か。わかってはいたけど、なんだかちょっと寂しいな。




ミゲルは驚きと、期待にあふれたような反応で、選別人の言葉の続きを待っているようだった。




もしかしたら、話に聞いていたご両親が迎えに来てくれたのかも。


良かったわね。ミゲル




「おうおう、そうか、そんなに嬉しいか


そんな顔をされると私までうれしくなるじゃないか




さっさと出ていく準備をしなさい」




ミゲルのあふれ出るほどの喜びが、漏れ出して表情にでている。




「喜べ。


お前の飼い主が決まったぞ」




ミゲルは一瞬にして凍り付いた。

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