第6話 治療

「ママ―、ママー大変なの、ターニャちゃんが、ターニャちゃんがー」



 その欠相を掻いた表情に、深刻そうにみんなが飛んできた。


 止めて恥ずかしいわ……



「どうしたのティターナ! 」


「なんでもありませんわ。

 少し足をすりむいてしまって」



「見せてみて。

 あらあら大変」


 その後、アーネちゃん家で怪我をすると、良くアーネのお母さんが奥に連れて行って、私を手当てしてくれた。

 お妃様に手を引かれて行くと、アーネちゃんが横に並んで一緒について来る。


「アーネあなたはいいのよ。あっちで遊んでらっしゃい」


「嫌だ、私もいく」


 そういって私の服をつかみながら歩く。


「アーネ。邪魔になるでしょ」


 それでも、付いて来ようとするアーネちゃん。

 とても申し訳なさそうな顔をしているの。

 別にアーネちゃんのせいではないのに。


「もう、この子ったら。


 ごめんねターニャちゃん。


 言う事聞かなくて。


 本当にこの子ターニャちゃんが好きで」


「いいえ。お気になさらいでください。

 私もアーネちゃんと居るのが、一番好きですから」


 アーネちゃんに笑顔を向ける

「一緒についてきてくれるかな? アーネちゃん」


「うん」



「よかったわねアーネ。

 ありがとうねターニャちゃん。


 アーネ、邪魔にならないようにしてなさいよ」











 あの頃と似ているわ。いいえ、同じね。

 またしても、みんなが駆け寄ってきた。あんなに白熱したように話していたお父様たちも、話を止めて。



「ごめんなさいお母様、少し手をを切ってしまっただけですわ。まったくなんと もありません。

 大丈夫です」


 一同がほっとした。


「何事も無くて良かった」


「良くないよ、お父さん!

 ターニャちゃんが、血が出てるんだよ。

 何とかしてあげて」



 本当にアーネは大げさね。

 全然大丈夫なんだけれど

 それにしたって、みんなで駆け寄ってきてくれるんだもの。

 とても迷惑かけちゃって。

 もう、この件は終わりにしてほしいわ。


「どれ、見せてみないさい」

 お母様が手を取ると傷口を見て、ハンカチを当てる。


「ねぇ、ちょっと私にも見せて」


 アーネちゃんのお母様まで顔を近づけてくる。


「あら、ちょっと傷が深いわね。大変。

 これはしばらく血が流れるかも。


 ちょっと向こうの部屋で治療しましょうか。


 きてターニャちゃん」


 優しい笑顔を向けてくれる。

 女神様ってこの人みたいな人の事を言うのかしら。


「いいえ、そんな。大丈夫ですわ。

 このような傷でしたら、ティターナはよくつけて帰ってきますし。

 ほんと、女の子なのにおてんばで」


「そんな事ありませんわ。

 きっとアーネがまたターニャちゃんに無理を言ったのでしょう。

 それに、こんなキレイな手に傷が残ったら大変ですから」



「そんな、ご迷惑なことは」


「大丈夫ですの。お気になさらないで。

 このような棘のある薔薇に子供たちを近づけてしまった私の責任でもありますから」



「王妃様、私めがやりますので王妃様は」


「いいの、私にやらせてください。

 ティターナちゃんには大変お世話になっているのだから。

 少しでもお礼がしたいの」



ここのメイドさんも、私を治療をすると言い出した。


 

「しかし王妃」


「これは命令です。

 それにゆっくりターニャちゃんともお話できてないから。

 いい機会なの」


 お妃様の優しい微笑みに誰も反論しなくなった。


「王妃様、申し訳ございません」


「滅相もないことでございます。誤らないでください。

 さぁ、行きましょう」



「ターニャをお願いしますわ」


「任せてください。」


 そうお母様に小さくこぶしを握り、 私を引っ張っていった。

 こういう所はアーネに似ているわね…。




「王妃様。本当に私……」


「ターニャちゃんまで、いいのよ、そんな事気にしなくて。


 それよりも女性のお肌は大切よ。

 ちゃんと治療しないと」



「私も行く! 」


 アーネが走って追いかけてくる。


 そのまま私の横に並んだ。







 これも前と一緒。何も変わっていない。何かあればアーネは付いて来た。

もし、変ったとしたら、アーネがついて来る位置が横だったり、後ろだったりそれぐらい。


 そう、あれも、確かこんな感じで、お城の中に向かっていった時の事。


 







庭を出てお屋敷の中の一部屋に入った。


「ターニャちゃんはそこに掛けて、


 ちょっと待っててね」


 アーネちゃんのお母様が、薬の入った瓶と、大きな箱を持ってきて横に座る。


 とてもふかふかの赤い布のソファは、私の体を優しく包んでくれているような座り心地だった。



「じゃあ、ちょっと捲るわよ」


 声が出そうなくらい、痛い。

 その声を何とか押し殺した。


「あらあら、すごく擦れちゃってるわね。


 痛いわよね。

 ひどい傷、たぶん、大分沁みるけど我慢してね」


 私の膝に絹を当て、瓶に入った透明な液体を流し出した。



 焼けるような痛みに私は涙を零した。



 アーネはそれを心配そうに見ていた。


「アーネちゃん、大丈夫だから」


 痛みをこらえる私の表情を見たからなのか、


 居ても立っても居られないように、涙ぐみながらアーネが私に抱き着いてきた。



「こらっ!アーネ

 邪魔しないって約束したでしょう」


 アーネちゃんはびっくりして思い出しように私から離れた。


「ごめんなさいターニャちゃん」


 アーネちゃんのお母様は申し合わなさそうに謝ってきた。


「そんな、大丈夫です」


 なんて言いながら痛みをこらえていた想い出。

 お互い沢山転びまくって、沢山よじ登って、木に登って。


 うう、女性としては恥ずかしい行動よね。









 そうして今、前と変わりのない、医務室みたいな部屋に私はいる。


 あの時と同じように赤いソファーに座って。


 全く一緒。


「さっ、見せてみて。


 もう、ターニャちゃんを応急措置するのは慣れたものよ。


 あらー、にしても強く切れたわね。

 結構傷が深いわ。



 ちょっと痛いわよ。


 我慢してね」


 そういうと


 手に衝撃が一瞬走った。


「よし抜けたわ。


 後は引いた時に切れたこの切り傷ね。


 ちょっと今度はしみるわよ」



 真っ白なガーゼに透明な液体をつけて私の傷口に抑え込んだ


 それがとても沁みて私は顔をゆがめた。



 ガッシャン―――――


 ガラスが割れる音。


「ふぅぇ~、 割っちゃったー。

 びしょ濡れだよぉ」



「もう、アーネ! 何やってるの! 」


「ごめんなさい」


 ほんとお転婆さん、と言うか天然なのか。

 何で今このタイミングで瓶を割るの?

 もう笑えて来るわ。

 


 優しい笑顔で話けてくる王妃。


「痛くない?大丈夫? 」


「これくらい平気ですわ」


 嘘。ほんとは痛い。早く終わってほしいのが本音。

 やっぱり、優しい人に触られてるとはいえ、傷口があるところを触られているのは痛い。


「ターニャちゃん。


 本当にいつもアーネをありがとう。


 とても感謝しているわ。

 感謝してもしきれないほど。


 ターニャちゃんにはいつも沢山迷惑かけてると思う。

 ほんとうにごめんなさいね。

 だから、大変だったら言ってね

 アーネったらあなたと会える前の日はいつも元気になって、朝もいつも以上に早起きするのよ。


 よっぽど会えるのがうれしいのね。貴女が帰った後も、ずっとターニャちゃんの話ばかり。


 あんなに燥いでいるあの子の姿を見れるのは、あなたのおかげよ。


 あの子、外に出ると、こことは打って違って、控えめになるし。

 それもあって、あの子には友達も少ないと思うわ。


 だから、迷惑でなければ、これからもアーネと仲良くしてあげてほしいの」



「そんなの、決まっています。 私もアーネちゃんと会えるのが一番うれしいんですもの。

 こちらこそ、ずっと仲良くしてほしいぐらいです。

 こんな素敵な子、嫌いになんてなるものですか」



「ありがとうターニャちゃん」


 こっちこそアーネちゃんとは仲良くしていたい。家族も同然なのだから。


「良し。これでおしまい!

 よく頑張ったわね」


 気が付くと、私の指には包帯がまかれていて、そこで終わっていればいいものを、腕にまで一繋ぎにして伸びていた。


 

 それはそれは丁寧に。とてもきれいに。



 確かに腕にも、驚いて手を引いた時に、何個か薄く擦り傷ができたけど、ここまで大げさにされるほどの傷でもないわ。

 これじゃすごく大けがを負って帰ってきた人みたい。


 と言うか、一つの包帯で、全部の箇所を撒く必要はないと思うのよね。


 普通の処置では終わらないとは思っていたけれど、これはちょっと、重傷者すぎない?

 そんな姿になってしまった私がまた何故だか笑えて来てしまうわ。


 アーネちゃんの家族、心配性で一人一人をとても大切にしてくださる家族。


 いい人たちばかり。アーネちゃんもこんな両親の下に生まれて幸せよね。

 もちろん私のお母様たちも負けてないけれどね!


 みんな私の大事な人よ。


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