第17話 3-6
「空っぽじゃないだろ。ファーストフードの分は入っている」
僕はとぼけた調子で、弟の台詞を訂正する。
「し、しかし」
僕の財布の中にあるレシートは、昼食の分だけだった。
「何でこんなこと……あるはずがない」
動揺が露わな弟に対し、僕はついついニヤニヤ笑ってしまった。
「悪いな。確かに元のレシートの合計金額は、3500いくらかだったよ」
「ん? 元のって……ガーくん、レシートを廃棄したの? いつ、どうやって?」
信じられないと言わんばかりに、目がきょときょとしている。
「答える前に、逆に聞かせてくれよ。僕の財布にレシートがほとんど入ってないことを、どうして不思議がるんだ? 普通にあり得る話じゃないのか」
「そっ、れは……」
シュウのやつ、動揺が滅茶苦茶あからさまに表に出る。さっきからまるっきり、挙動不審者だ。
この辺にしておこうか。僕だって弟を責め立てていじめる趣味は持ち合わせちゃいない。「悪かったな。僕は見たんだ。今日の午前三時からの一時間半で、おまえが何をしたのかを」
「え」
「分かり易く言うと、おまえが僕の家に飛んだのが午前三時。僕はその十分前に飛んで、僕の部屋の押し入れに隠れていたんだよ。さっき言った告白どうのこうのはでたらめだから」
「何で……じゃ、じゃあ僕がしたことをずっと見ていた訳?」
「ああ。スニーカーを持って来るだけなんて、余りにももったいないSカードの使い方だろ。何か他にもしてたんじゃないかという考えが頭にあった」
「たったそれだけのことで?」
「いや、もう一つある。僕がギャンブル勝負を持ち掛けたとき、シュウはきっと断ると思ってたんだ。それなのに意外と簡単に引き受けるし、勝負の内容は決めさせてほしいと言い出すし、何よりもまず変だったのは、自信がありそうに見えたんだよな。もしかしてこいつは勝てる道筋を付けてきたんじゃないか?って感じた」
「そういうとこ、見てるんだね……。でも分からないな」
一旦うつむいたシュウだったが、大事なことを思い出したように視線を元に戻すと、僕に聞いてきた。
「どうして賭けの内容が分かったんだい? レシートの金額の合計を当てるって言ったのは、ガーくんがこっちに戻ってからだよ?」
「おまえが暗がりでスマホの明かりを頼りに、僕の財布の中を確認しているのを目撃したんだぞ。もしギャンブルに使うとしたら、所持金を当てるか、お札の合計や硬貨の合計、あるいはレシートの合計ぐらいだろ。あー、あと硬貨の年号とお札の番号も念のためチェックしておいた」
「と、いうことはガーくん、お金の合計も変わるようにいくらか家に置いてきたの?」
「当然。飛んだ先でおまえが消えたあと、僕は寝ている僕を起こさないよう、自分の財布を静か~に引っ張り出してきて、今言ったような細工をした。手を加える前のレシートの額の総合計は確か、3548円だったな。3555円と書いたのは、ぴったりだと怪しまれると思ったのか」
「うん……」
元気をなくし、項垂れた弟。“しょんぼり”を擬人化したようで、見ている僕も困ってしまう。
「そんなにがっかりすんな。途中まで全然気付かなかったんだぜ、こっちも」
「今度こそ勝てると思ったのにな。ずるだけど、頭を使ったという自信はあったし」
「ああ、見事な作戦だった。もうちょい、芝居していつも通りに振る舞われていたら、多分見抜けなかった。シュウの方がある瞬間まで、上回っていたんだ。だから――Sカードの権利、残りが何回あろうと全部おまえにやるよ」
「いいの?」
「うん。二人で使えると分かっただけでたいした発見だろうしな。それにもしシュウがよければだけど、Sカードについて試してみたいことが新しくできたんだ」
秘密めかして片目を瞑る。弟は、今度は“きょとん”を体現した。
「何なに? 気になる」
「おばあさんがカードをくれる少し前の、おばあさんが入院した病室に行くんだ。そこでSカードをくれるはずだろ。それを受け取れば、もしかすると二枚目のSカードが手に入ったことになるかもしれない」
「……それをしたら、僕が最初に受け取った分が消えることになりそうだけど」
「二枚目を受け取る時点で、使用中の一枚目が消えたらおかしなことになる。病室に行けなくなるんだからな」
「そうだ、確かに。タイムパラドックスだ」
興奮したのか、弟は鼻の穴を若干大きくする。その勢いを保ったまま続けてしゃべった。
「うまく行けば二枚になりそうだね。そう甘くはなかったとしても、辻褄合わせのために一枚目のSカードが消えて、二枚目だけが手元に残るかも」
「それはそれで楽しみだ。入れ替わった二枚目のSカードはまだ一回目の使用途中と見なされるかもしない」
本当にそうなったら、一回ぐらいは使わせてもらうとしよう。
想像は際限なく広がっていった。
――エピソードの3、終わり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます