第16話 3-5
「何? 本当にいいのか」
「絶対にそっちが勝つとは限らないでしょ」
「そりゃそうだけど、シュウは賭け事全般、勝負弱いだろ」
「自覚はある。でも、思い出してみたら気が付いたんだ。これまで僕が負けたギャンブル、賭けって、大半はガーくんが勝負の内容を決めてた。そうじゃなければきっと勝てる……とは言わないけど、少なくとも五分五分のはずさ」
「要するにどんな勝負をするのかを決めさせてくれたら、賭けで決めることに異存はないって?」
「うん。この辺りで乗り越えないといけないと思ってたんだ、“兄さん”を」
想像とは違う展開になったが、これはこれで面白い。弟がこんなにも自信を見せるなんて、初めてだ。
「よし、だったら早く進めようじゃないか。僕にもSカードの効果があった場合、戻って来てすぐにでも賭けをしよう。次の三回目が最後の権利かもしれないんだからな」
「もしもそれぞれが三回ずつ、合計六回使えるんだとしたら?」
「そのときは……四回目は賭けに負けた方が使って、それ以降も交互に使うとすればいいんじゃないの」
「……うん、それでいいよ。ガーくん、試しの行き先は決まった?」
「二つにまで絞り込んだ。もう一分ほどで決める」
行き先は決まった。あとは日時の問題だが。
僕はスマホに保存してある写真や動画で、自分の姿をチェックした。なるべく新しいものがいい。
と、目を丸くした弟が不思議そうに尋ねてくる。
「急にどうしたの?」
「過去に何があったのか、思い出す手助けになるんじゃないかと」
僕は少し嘘をついた。
そして確証はなかったものの、ようやく行き先を決めた。
「行ってる間に、賭けの内容を決めておいてくれよ。といっても、一瞬のことだけど」
「大丈夫。もう決めてある」
「そうか。じゃあ心置きなく旅立てるな。あ、僕が時間旅行できなかったときは、どんな賭けを考えていたのか、教えてくれるか?」
「お安いご用」
弟の返事を聞き届けた僕は「スキップ」した。
「――すげーな。本物だ」
戻って来た僕は、興奮さめやらぬを体現していたと思う。公園のベンチから立ち上がり、座ったままの弟の前に行くと、彼の両肩をばんばん叩いてしまったほど。
「ていうことはガーくんも行けたんだ?」
「ああ、行けた行けた。過去に行ってきた。これならたとえあと一回しか使えないとしたって、十二分に価値がある」
「どの場所、どの時間に行ってきたの?」
「――小学生のとき、好きな女子に告白したことあるんだけど、その前々日に飛んで、自分自身と会ってきた。僕は見事にふられたから、そうならないようにアドバイスをしてみたんだ。だからひょっとしたら今、僕には恋人がいるかもしれない」
「へえー? 小学生の自分からは怪しまれなかった? 変なおじさん扱いされそう」
「高校生でおじさんはないだろ。一応、占いの得意な親戚ってことにしておいた」
僕は嘘を並べ立てた。弟がそれに気付いた気配は……感じられない。
「ふうん、結果が気になるね」
「ああ。スマホを開いたら、新しく登録されているかもしれない。だけど先に賭けをやろう」
「そうだった。僕が用意したのは、お互いの財布に今、入っているレシートの会計額を全部足した数を当てるっていう賭けなんだけど、いいかな」
言いながら財布をポケットから取り出したシュウ。
「もちろん当てるのは相手の財布のレシートだよ。ぴったりはまず出ないだろうから、より近い方の勝ちってことで」
「なかなか面白いな。こんな賭けを何で思い付いた?」
僕も財布を取り出した。
「昼飯を食べた店で、支払いをしたときに、変に印象に残ったんだよね。僕ら揃って現金派なんだなって。スマホを持っているのに」
「そうか。親が使ってなくて、小遣いを現金でしかくれないから、何となく電子マネーは使わないまま来てる」
「おんなじだ」
二人して苦笑したところで、勝負に入る。
「あ、合計額は税込みか?」
「そうだね。そうしておこう。それよりもガーくんはちょっと不利だと思わないの? 僕が密かにレシートを全部捨てているとかしてたら、当てづらいでしょ」
「そういう手があったか。気付かなかった、まじで」
本心から答える僕に、弟は意外そうに目を瞬かせた。
「珍しい、ガーくんが油断してる。勝てるチャンスかも。でもなるべく公平でないと気が済まないから、これだけは見せておくね」
財布の札入れスペースをぐいっと開き、僕に見せてくるシュウ。そこには確かにレシートらしき紙が何枚かあった。
「分かった。こっちは見せないからな」
「いいよ。実は支払いのとき、ちらっと見えたから」
「だからって額が分かるものじゃないだろ」
「そりゃそうだけど。どっちから答える?」
「……いや。あとから答える方は相手の答と実際の数とを比べて、自分がどれくらいの差に収めれば勝てるかが分かる。若干有利になると思うぞ。何かに書いて、同時に見せ合うのが公平ってものだろ」
「了解。じゃ、生徒手帳にでも書く?」
お互い、格好は私服姿だが、律儀に生徒手帳を持ち歩いていた。
財布を手元に置き、僕は白紙のページにボールペンで数値を書き込んだ。ほとんど同時に相手も書き終える。
「じゃ、せーので見せ合うと」
「よし」
せーののかけ声をぴたりと合わせ、僕らは書き込みをオープンした。「おっ」「あっ」と声が交錯し、それぞれ相手の書いた数を見つめる。
僕が4200、シュウは3555。
「ガーくんは刻まなかったんだね、端数」
「考えてもしょうがないからな。消費税だってさっき食べたセットみたいに、込みで700円ジャストって価格設定が当たり前にあるし」
「僕だって消費税を考えた訳じゃないんだけど、何となくゴーが続けば縁起がいいかなって思った。それじゃあ、僕からレシートを出すよ」
弟はどこか急いだ手つきで、財布からレシートを引っ張り出した。四枚あった。
「これで全部だけど、疑うのなら調べていいよ」
「いや」
僕はレシートの末尾近くに記された金額を足していった。間違いのないよう、スマホの計算機機能を使って。
「2390円か。思ったより少ないな。さっきのファーストフードが一番高いくらいだ」
「差は?」
弟に促され、差も計算する。「1810」と画面を見せながら答えた。
「ていうことは、ガーくんのレシートの合計が5364円から1746円の間なら、僕の勝ち」
「そうなるな」
僕は認めてから、ベンチに置いといた財布を弟の方へ押しやった。
「開けて、自分で計算してみてくれ」
「うん、分かった――」
快活な返事をしながら僕の財布をいそいそと開けたシュウ。その言葉が途切れ、口をぽかんとさせたのが見えた。
「え、何で空っぽ?」
続く
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