第6話 2-2
気の利いたというよりも、むしろブラックジョークの類ではないか。現実にはどうせそんなことはできないのだから、馬鹿にした話でもある。これを笑っていられる戸茂田は、やっぱり俺なんかとは性質が違うんだろうな。
「面白くない?」
「いや……当事者ではない俺は、笑ってはいかんだろうと。ところで、どうしてこの話を俺にする気になったのか、知りたいな」
気まずさを避けたくもあったので、俺は話題を少々そらした。
「ああ、そりゃあ決まってる。Sカードを君に譲りたいからなんだ」
「えっ、何で」
自分で使えよと言葉を続けそうになったが、こんな冗談グッズに関して言うのは憚られる。
「自分が持っていると、使いたくなるときが来るんじゃないかと思ってさ。犯人が言った通り、復讐なり何なりに。そういう心の動きをみせるのって、とても癪だなと思うんだ。事件が済んだあとも、あいつの思うままになっているみたいで。その上、もし仮にやってみたら『はいやっぱり嘘でした、そんな道具ある訳ないじゃん』ていう結果になるのは目に見えてる訳で、二重に馬鹿にされている感じがして、ダメージが大きいんだよね、多分」
「分からなくはないが」
俺は戸茂田の言葉を噛み締め、考え考え応えた。
「そういう風に意識すること自体、あいつの思惑に囚われているという見方もできるぞ。カードがあるからおかしなことを考えるんであって、さっさと捨てちまえばいいじゃないか」
「捨てるのはちょっとな。万が一、いや億が一でも、本物だったらと後悔するかもしれない。このSカード、いたずらでこしらえたにしては手が込んでていて、精巧な出来だし」
「面倒くさい性格だな。試しに一度、使ってみて、本物なら手元に置いておく、じゃだめなのかねえ」
「そう、それだ」
ぽんと手を打ち、次いでこちらを指差してきた。
「結局のところ、僕は君に、Sカードを試してくれないかなって期待してるんだ」
「試すって……さっき、注意書きにあったんじゃなかったっけ。名前を書いたら変更は利かないとかどうとか」
「あ、本物だったとしても、僕は使えないことになるのか。ははは、別にかまわない」
本当は分かっていただろうに、わざとらしくぼけてみせる戸茂田。
「君が試して、本物だったならそのまま使い切ればいいよ。ていうか、それしかないんだからさ」
確かに、本物のなら使い切らなきゃもったいない。
「僕はこれが本物か嘘っぱちかはっきりすれば、あいつの本心が理解できると思ってる。それだけが願いさ」
「なあ、与太話ついでに、こういうのはどうだろう」
ふと思い付いたことを言ってみる。気が利いているってのはこういうのじゃないのかと。
「三回時間旅行ができるのなら、本物かどうかを試すのに一回使うだろ。本物だったらあと二回残ってるよな」
「数学的に、いや算数的に正しいね」
「二回の内の一回は、おまえのために使うってのは? もう一回は俺が俺のために使う」
「つまり、僕が君に希望を伝えて、君はその希望通りの振る舞いを時間旅行先でしてきてくれると。なるほど、悪くない」
「だろ?」
「だけど、友人に、『あいつを殺してきてくれ』なんて頼めないしな」
「俺もそれは勘弁してもらいたい。だいたい、Sカードが本物だったときは、完全に許すんじゃないのかよ」
「そうだった、危うく忘れるところだった」
真顔で答えてから、少し吹き出す戸茂田。自分で言っておいて自分で笑うなよな。
「ともかく、Sカードは君に譲る。一度実験したら結果はすぐに出るんだから、すぐに教えて欲しいな」
「何なら、今この場でやってもいいんだぜ?」
いつまでもこんな物に囚われているのは、精神衛生上あんまりよくないだろうと思い、俺は軽口を叩いた。
「うーん、万々が一、本物だった場合に困るな。君がいきなり消えるんだろ? 周りの人が気付いたら大騒ぎだ」
「大丈夫だよ。元いた時空に戻って来るのならな。出発した時間のすぐあとに戻ったなら、消えることにはならないはず」
「ああ、そうか。これは僕が間抜けだった。でもそれだと、Sカードが偽物だったとしても、君が嘘をつくというかうまく演技することで、『Sカードは本物だったぞ!』と見せ掛けるのも可能かも」
「面倒くさいな。じゃあ、過去か未来のどちらかに行って、証拠を持って来ればいいんだよな」
「証拠。うん、いいね。何があるかな、時間旅行をしてきたっていう絶対確実な証拠」
「とりあえず、おまえ一人が信じてくれればいいんだとしたら、割と簡単じゃないか。Sカードは時間だけじゃなく空間も自由に指定できるみたいだな」
目を細め、裏面の文字を読み取る。
「それが?」
「鍵の掛かった部屋でも自由に出入り可能と解釈できるだろ。たとえば昨晩遅くのおまえの部屋にタイムスリップして、何か物品を一つ、拝借してくる。すぐに確かめられる物がいいな。今、財布、持っているよな」
「もちろん。――ああ、理解した。昨日の夜、僕が寝入ったあとの僕の部屋に出現した君は、財布を取って、現在この時間に戻って来るつもりだな。財布は今、ジャケットの内ポケットに入っているけれども、君が昨夜取ってしまったら、消えているっていう理屈なんだ?」
続く
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