もったいないおばけは怖くない?

「あのね、暗い隅っこに落っこちて忘れられたの。今はノートと本の隙間にいるんだ。時々乗ってる場所が動いて、上の方に明かりが見えるんだよ」


 消しゴムが自分の居場所を説明する。

 なぁんだ。こんなヒントをくれるなら見つけるのなんて簡単だ。


「言われてみれば、なんとなく覚えてるぞ。そうだ。下の引き出しを開けたときに転がりこんだんだ。後で取ろうと思ってそのまま忘れちゃったんだ」

「後で、なんて思うからダメなのよ。その時すぐに拾わないと」


 リコーダーにぶつくさ言われながら引き出しの隅っこから本体をつまみ出すと、消しゴムの仮付喪はそれを持った掌に飛びこんできた。


「うわ~い。ありがとう! もう失くさないでね」

 

 ペコリと頭を下げると本体に入っていった。


「うわ。消えちゃった」


 掌に残ったのはただの消しゴム。裏返してもつついても、何も反応しない。


「元に戻っただけよ。さ、次はスーパーボールよ」

「ほい! 俺は家の外だぜ。植木鉢のすき間にいるんだ」

「あ、いっぱい投げて遊んだときか」

「そうそう。みんな集めてもらったのに、俺だけ置いていかれたんだ」

「ごめんごめん。いっぱいあるから失くしたの気づいてなかったよ」

「たくさんあるものは、数えて片づけないとね」


 リコーダーの小言は相手にせず、家の外に出て裏庭の遊んだ辺りにある植木鉢を一つずつ退けてみる。アリやダンゴムシがわらわらと出てくるのに、肝心のスーパーボールは見つからない。


「あ! カナヘビ!」


 しゅるりと走り出たカナヘビを追いかける俺の前に、リコーダーが割ってはいった。


「何すんだよ。逃げられちゃったじゃないか」

「カナヘビはまた今度! 全部見つけるまで、他の遊びはなしよ」


 ちぇっ。偉そうに。

 文句を言おうかと思ったけど、倍以上に返ってきそうだったので、我慢して黙々と作業を続けた。


「あった~!」

「よっしゃ~! ありがとさん」


 すぽんとスーパーボールに飛びこむ仮付喪。よし、これで二つ終了だ。


「はいはーい。次はあたし」


 赤鉛筆が元気よく飛び出してきた。


「えっと、ほこりっぽくって薄暗くって狭いところだっけ? それって普段は掃除しない所だよな。机か本棚の後ろかな」


 部屋に戻って机の後をのぞいてみる。壁との隙間は思った通りほこりがたまっている。赤鉛筆は……なさそうだ。でも他の物が色々落ちている。


「順番違いの子だけど、せっかくだから今取っておいたら?」


 横から一緒にのぞいてきたリコーダーが提案する。そりゃそうだな。隙間に腕を入れて落ちているものを掻き出す。

 名前ペンにものさし、鉛筆キャップ、ビー玉、セロテープ、スティックのり。あとはごみ。飴の包み紙や折りかけの折り紙なんかが出てきた。


「うわ~。大漁だぁ!」

「あきれた。なんでこんなにいろんな物、落としてるのよ」

「知らねーよ。けど、六つ見つかったぜ」

 

 発見された仮付喪たちが、列の後ろの方からぴょこぴょこ前にやって来て、本体の中へと消えていった。


「あたしは~? あたしの方が先なのに順番抜かしずるい~」


 赤鉛筆がぶうぶう文句を言う。


「わかったわかった。ちょっと待てよ。多分こっちだから」


 本棚の後ろをのぞく。


「あった! けど、手が入らないな。なんか長いものないかな」


 辺りを見回すけど、ちょうどいいものなんてない。いや、あった! 


「お前、ちょうどいいじゃん」


 リコーダーに手を伸ばすと、ぺしっと叩かれた。


「何言ってんのよ。そんなほこりだらけのところ嫌よ。はたきを取ってきなさいよ!」

「痛ってーな。はいはい、はたきね。取ってくるよ!」


 はたきで掻き出すと、ほこりと一緒に赤鉛筆と、他にまたいろいろ出てきた。


「ちゃんときれいに拭いてね」


 赤鉛筆は汚いのが本当に嫌だったようだ。


「今日はもうこれくらいでいいか? 結構たくさん見つかっただろ?」

「ちゃんと明日も探すならいいわよ」


 もったいないおばけが言うならまだしも、なんでこいつが言うんだろうなぁ。当のもったいないおばけ本人は本の上にでろ~んとのびている。俺と目が合うと、「もったいな~い」と言ってへろっと笑った。なんともしまりがない。


 こんな調子で、リコーダーがリーダーシップを取って残りも探していった。めんどくさいだけだと思っていたけど、宝探しみたいで面白かった。

 草原くさっぱらで野球ボールを探すのには1週間かかったし、学校の裏山で失くした帽子はもっとかかって大変だった。でもなんだかんだとリコーダーとおしゃべりしながら全部を見つけ出した。


「もう物を失くさないように大事にしてね」


 最後の仮付喪が見つかるとリコーダーは、机の上で俺を見つめて言った。


「楽しかったね。私も、大事にしてよね」


 てけてけと俺に近寄ってきたかと思うと、コトンと音がして手足のなくなったリコーダーが、倒れかかってきた。


「おわっ」


 慌ててキャッチする。

 最初から一緒にいて、ず~っと手伝ってくれていたリコーダー。別れるのはちょっぴりさみしい。いや、リコーダーとは別れないけど、おしゃべりができなくなってしまったのがさみしい。


「もったいな~い」


 さみしさをかみしめて余韻にひたっていると、もったいないおばけが邪魔してきた。

 こいつめ! 睨みつけると、す~っとその姿が薄くなっていき、本だけが残った。

 2ヶ月近く騒いでいたのに、なんともあっけない終わりだ。もったいないおばけ、おばけのくせにちっとも怖くなかったぞ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る