14.順応力

「ここがカデの定住地です。ここも既にかつての、ですが」

 改めて見回してみれば、日の落ちた夕暮れ時、ここは灯りもなく人気もない。

「ボツワナ政府は、この井戸の周りに小学校や診療所を作り、人々を呼び寄せました。ブッシュマンは、少人数で移動することで成り立っていた狩猟採集生活を根底から否定されることになったのです。さらに九十年代にはCKGRの外に新しい居住地を建設し人々を移したのです」

 暮れなずむ虚空にタカムラさんの淡々とした声が溶け込んでいく。


「移住手当として現金を配布し、食料を配給し各家庭に牛やヤギ、畑を与えてトウモロコシなどの栽培を奨励した。しかし千人以上の集団では食料は十分に行き渡らず、畑の収穫もこの半砂漠の気候では期待できず。人々は配給の食糧に頼らざるを得なかったそうです。

 そんな中、支援NGOの呼びかけに移住に抵抗していた人たちが応じて裁判が起こり、国連総会の『先住民族の権利に関する宣言』の後押しもあってボツワナ政府が敗訴、CKGRに戻れることにはなったのですが定住化施策から既に三十年がすぎ、元の狩猟生活に戻ることは難しかったのです」


 そこで少し息をつくように話を区切ってタカムラさんはわたしを見つめた。

「こんなふうな流れをどう思いますか?」

「……えと。勝手だなって思います」

 ああ、わたしってほんとにアホだ。こんなことしか言えないなんて。

「そうですね……」

 タカムラさんは、またあの学校の先生みたいな表情で、でもかすかに笑ってくれてるようだった。薄暗くてよくわからなかったけど。

「でもね、この過酷なカラハリの自然に適応して生きてきたブッシュマンの順応力は、きわめて現実的で即物的、したたかで、たくましいのです」

 タカムラさんの微笑みの種類がまた変わったようだった。


「政治、経済のグローバリゼーションに翻弄され、『伝統的な狩猟採集生活』が可能な裕福な層と、『開発の恩恵を受ける生活』に頼らざるを得ない層とに格差が広がるという問題が生じてはいますが、現在CKGRで狩猟採集で暮らしを立てている人たちはトラックを所有し、定住地で水汲みをしたり短期的に滞在したり。反対に、定住地で配給や年金、低賃金の労働に頼って暮らしている人たちも、定住地から離れた場所にキャンプを作ってそこで狩猟採集で食料を補充したりしています。それぞれのおいしいところ取り、ハイブリットな生活というわけです」

 タカムラさんは本当におもしろそうに笑った。

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