13.現実は
「今は十一月、雨季が始まる前、乾期の終わりのいちばん食べ物の少ない時期です」
目の前ではぺたんと地面に座った女性が、疲れたように肩を傾けながら棒で地面を掘り返している。
「彼女はオムツェの根を採っているのです。オムツェやカーという植物の根は、水分補給にもなる貴重な食糧なのです」
十一月。日本では秋の味覚がてんこ盛りのパラダイスな季節だ。なのに日本から遠いこの場所では、水もなく植物の根っこで飢えをしのぐ人たちがいる。この違いは何?
地面を掘る目の前の女性は疲れ切った顔つきで、雨季の始まりに朗らかな表情でコムの実を摘んでいた女性との差が大きすぎて。
「どうして、こうなるってわかっていて、こんな場所で暮らしているのでしょう?」
素朴な疑問が口から出てしまう。タカムラさんがわたしの方を見たのがわかって顔を合わせる。タカムラさんは、くっと唇の端を上げていた。
「こんな場所、ですか」
微笑んでいるように見える、けどたぶん違う。わたしは自分の発言を悔やんだ。
「なぜだと思いますか?」
「……わかりません」
アホな子みたいな返事しかできない。
「そうですよね」
おそるおそる目を上げてみると、タカムラさんは今度は間違いなく微笑んでわたしを見下ろしていた。なんだか学校の先生みたいに見えなくもない。
「ずいぶんいろいろ見て歩きましたね。そろそろ移動しましょう」
ふいっと踵を返したタカムラさんにわたしは慌ててついていく。移動するってどこにだろう。
歩調を合わせてわたしの隣に並んだタカムラさんが、白茶けた草むらをさくさく踏みしめて歩きながら再び解説を始めた。
「今歩いているのは、中央カラハリ動物保護区、通称CKGRの中です」
「国立公園みたいなものですか?」
「ええ、はい、そうですね。ブッシュマンはこの保護区内で千人ほどが狩猟生活をしていたといわれていますが、八十年代に押し寄せたボツワナ政府による近代化施策の流れの中で、CKGRの中のカデという場所に集められ、定住化生活を強いられるようになったのです」
え……。
「ひよりさんにご覧になってもらったような昔ながらのブッシュマンの生活は、今はもうないのです」
おごそかに言ったタカムラさんの背後には、プレハブ小屋の連なりとエンジンポンプを取り付けた井戸があった。
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