11.お話の中?
「ブッシュマンにとって身近な動物は彼らが語る昔話にも多く登場します。いたずら好きのウサギが自分の子をエランドの子と取り換えたり、リカオンとカメが競争したり、子どものないダチョウが脂肪で作った娘が、人間の若者と結婚したり、人間の真似ばかりする動物たちをもっと動物らしくしろとピーシツォワゴが怒ったり」
「楽しそうですねー」
「ふふ、でも……」
わたしのうすーい感想に返ってきたのは、タカムラさんの不気味な微笑みだった。
「中には、殺人鬼や怪人が登場するお話も……」
彼が声音をひそめたのに、わたしはぴゃっと背筋を伸ばす。ピーシツォワゴの黒歴史やブッシュマンのおじさんの楽しそうな話しぶりから、平和で能天気な世界な印象だったのに。
「命のやりとりが日常なのですから、お話の中に殺人が登場するのはむしろ当然なのですよ。自分と寝ようとしない夫の金玉を妻が叩き潰して殺してしまうお話ですとか」
怖ッ!
「あ、でもですね。現実の世界ではナイフや槍の先を人に向けることはご法度なのですよ。子どもがふざけてそんなことをすれば大人がちゃんと注意します」
フォローを入れつつ、タカムラさんはまた暗ーい顔つきになって声を低くする。
「なのですけど、人食いが村にやって来て隠れる話など……」
わーん、なんですか、人食いって。と、怯えつつもわたしが聞き入ってしまいそうになったとき、また周りの空気が変わった。
女性たちの賑やかな歌声が消え、眩しい日差しが消え、あたりが暗くなった。夕闇の暗さとも少し違って、なんだかのっぺりした白黒の世界に入り込んだみたい。
場所はさっきまでと同じような小屋がいくつが建つ村の中だけど、赤っぽいもみがらみたいなものが山となっている。それを見たタカムラさんは片眉を上げてひとりごとみたいにつぶやいた。
「めずらしいことが起こりました」
そうして、まじまじとわたしの顔を見る。え、なんですか? そんな、見つめられると恥ずかしいんですけど。
「ここは彼らのお話の中です。ひよりさん」
へ? お話の中? 夢の中で、さらに物語の世界に来ちゃったってこと?
「あそこに積まれているのは、ナンテという豆のさやです」
ナンテ。採集から戻ってきた女の人が背負っていた平べったいそら豆みたいな豆のことだろうな。
「雨季の後半には、ナンテがたくさん実るので人々はこればかり食べるようになるのです。しかも、さやは乾かせば焚火に使えるのでこうして貯めておくのです。雨季の終わりの風物詩ですね」
なるほど、無駄がないのだな。
「あのナンテの山の中に人食いが隠れています」
ぎょっとしてわたしはタカムラさんの後ろにまわる。だって、怖いもん。
「大丈夫ですよ。わたしたちはお話の登場人物ではないので、目撃されることはないし襲われることもありません」
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