10.エランド・ダンス
「すみません。ブッシュマンのダンスの話に戻りましょう。今男性たちが踊っているのはゲムズボック・ダンスです。最大の娯楽であると同時に、悪霊を退治して病人を癒し村中の邪悪なものを祓う宗教的な踊りです。ゲムズボックというのはウシ科の大きな動物で、彼らが最も好む動物です」
好きっていうのは、食べるのにってことだよね。かわいがる方じゃなくて。うん、わたしも段々わかってきたぞ。
「ですからゲムズボック・ダンスは狩りの踊りなんです。ゲムズボックと同じくらい好まれているのがエランドで、ウシ科でとても大きく肥えていて、女性の多産と安産を象徴する動物です。これにあやかって女性たちが踊るのがエランド・ダンスです」
へー。今踊っているのは男性だけど、女の人だけで踊るダンスもあるのか。
「男の人のとは違う踊りなんですか?」
タカムラさんの横顔に向かって何気なく質問すると、彼はちらっとわたしに目をくれ、にこりと笑った。その瞬間だった。
はらっと、あたりが明るくなった。へ? と思うわたしの耳に、さっきまで聞こえていたのとはトーンが違う賑やかな笑い声が聞こえてくる。
さっきまでは、薄暗くなりつつある空の下で男性たちが踊っていたのに、その同じわたしの目の前では今、明るい蒼穹の下、ひとつの小屋のまわりを若い女性たちが幾人も陽気に腰を振りながら踊り歩いていた。
ああ、そうか。急にしっくりきた。これまでも、こうやって時間や場所が切り替わっていたんだ。暑さ寒さや疲れや空腹と同時に時間の体感もおかしかったはずだ。
にしても、ほんとに便利な夢だ。見たいと言ったものが目の前に現れるだなんて。
「エランド・ダンスは、少女が初潮を迎えたお祝いにお祭りで踊るのです」
初潮を迎えた、お祭り!?
「あの小屋の中には初潮を迎えた当人が寝かされていて、その周りを女性たちが踊ってまわるんです」
夕飯にお赤飯を炊かれるだけでも恥ずかしいのに、こんなことまでされちゃうのかぁ。文化の違いだ。
小屋の周りをまわる女性たちはほぼ裸で、ふんどし型の小さなエプロンで前を隠しているだけだ。タカムラさんの説明によると、普段の腰巻姿の下がああいうエプロンらしい。そしてエランド・ダンスを踊るときには専用のエプロンを身に着けるのだそうだ。
エプロンだけでなく、首元や手首もビーズのアクセサリーで装っている。そしてお尻に垂らしているビーズの紐はエランドのしっぽなのだそうだ。見ようによってはかわいい。何しろ彼女たちはとても楽しそうに飛び跳ねているので。
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