9.ゲムズボック・ダンス

「ハタキは幣の代わりなのですよ」

 ぬさ?

「神社で、お祓いをするときに神主が持っている」

「あー、わかりました。結婚式でも巫女さんが振ってました」

「結婚式ですか……」

 タカムラさんは微妙そうにつぶやいたのだけど、すぐに笑顔(なんだか段々タカムラさんの笑顔がうさんくさく思えてきた)に戻って頷いてくれた。


「そうです、それです」

「確かに、形はそのまんまです」

「本来ハタキではらうのは埃ではなく邪気だからです。あれは家の中の邪気を祓う道具なのです」

 へーえ。えーと、じゃあ、今ブッシュマンが踊りながら木の枝を振ってるのも邪気を祓ってるってことをタカムラさんは言いたいのかな。


 わたしが踊り手に目をやってからタカムラさんを見返ると、彼は大きく頷いた。

「彼らはああして、音を鳴らし地面の上でステップを踏みしめることで、村の中から悪霊を追い出しているのです」

 ふああ、ただの踊りじゃないのか。


「日本の相撲の四股もそうですよ。元々相撲は神に奉納されるもので、儀式の中で四股を踏むのは土俵を祓い清めるためなのです。また、ああして人々が練り歩くことが結界にもなるのです」

「結界というと、バリアー的な」

「少し意味合いが違いますかねえ。場を完成させる、とでもいうか」

「場を完成」


「悪いものを追い出し平穏な環境を築き、人々の気を循環させることでその場所の繁栄を保つ。例えば、日本の神社仏閣の参道もそういう装置として作られているのです。参拝に訪れる人々の気の流れが結界を編み上げる。大規模なものだと、街道ごと参道に取り込んだ日光東照宮が有名だし、もっと桁違いに大掛かりなのが平安京だったわけで……」


 タカムラさんはちょっと間を置いた後、またよくわからない質問をわたしにしてきた。

「ひよりさんは、裸足で土の上を歩くことってありますか?」


 裸足で歩く。簡単なことなのに、してないかも。子どもの頃は運動会で裸足で演技するなんてことがあったかもだけど、ここ最近で思い出せるのは、海水浴場の砂の上を歩いたくらい。でもそれだって砂が熱くてすぐにビーサンを履いちゃった。まわりの人もビーチサンダルやマリンシューズで歩いていて、裸足でいるのは砂遊びをしているほんとに小さな子どもくらいだった気がする。


「ないです……」

「ですよね。裸足で地面を歩くって、大事なのですがね」

 タカムラさんはちょっと寂しそうだった。

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