プロローグ(2)

 無数の疑問符に加え、恐怖で巨大なびっくりマークが頭の中で跳ねる。

「ああ、大丈夫ですよ。大丈夫」

 にこにことその人はわたしに向かっておいでおいでをする。

 いやいやいやいや。大丈夫じゃないでしょ。コワイコワイコワイ。


「怯えないでくださいまし。あやしい者ではございません」

 いやいやいやいや。あやしい!

「先に名乗っておきましょうね。私は時空ツアーコンダクターをしている小野篁おののたかむらと申します」

 その人は、就活のとき受けたマナー講習で先生が見せてくれたお手本のようなキレイなお辞儀をした。好みの顔の男性から丁重な扱いを受け、少しぽーっとなってしまう。おかげで肝心の自己紹介は高村という苗字しか聞き取れなかった。


「た、高村さん?」

「はい。篁です」

「タカムラさんですね。わたしは総務部の城田ひよりです」

「小春日和の?」

「あ、いえ。わたしの名前はひらがなです!」

「ひよりさん。可愛らしいですね」

 にっこりと優しく微笑みかけられて、ほっぺたが熱くなる。いやいやいやいや。何わたしチョロすぎだよ、いくら好みな男の人だからって、名前を教えられたからって、この人があやしいのは変わらないし!


「えと、すみません。ちゃんと聞いてなくて。タカムラさんはどこの部署の人ですか? ここで何してるんですか?」

「お客様を待っていました」

 は?

「あなたが私のお客様です。ひよりさん」

 ぱああっと、明るい笑顔でタカムラさんは嬉しそうに言う。

 え、ちょっと待って。どこから突っ込めばいいの?


「私の姿が見える方と久々にめぐり会えました。とても嬉しいです。さあ、さっそく出発しましょう」

 ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。

「ど、どーゆー意味ですか?」

「そのままです。私の姿が見えるのなら、それが私のお客様である証です。ですからひよりさんは私のお客様です」

「お、お客って、なんの?」

「いつでもどこでも世界旅行のですよ!」

 ぱあああっと、タカムラさんは誇らしげに言った。いえ、ドヤ顔されても全然意味がわかりません!


「さあさあ。さっそく参りましょう」

「え。ど、どこに……」

「行く先は着いてからのお楽しみ」

「え、あの。今は仕事中なのですけど」

「大丈夫。問題ございません」

 話が見えないあげくにまったく会話にならなくて、これはもう逃げるしかないとまわれ右すると、なぜかわたしの手の中からゴミ袋が吹き飛び、スニーカーの足の下から地面の感触が消え、すーっと視界が後ろに流れた。何これ、コワイ!


 恐怖に硬直する間もなく、真っ青なジャンパーの腕が後ろからわたしを抱きしめた。

「ツアーを勤めるのは久々で私も楽しみです。しっかりご案内いたしますので、よろしくお願いいたします。では!」

 ふわっとした浮遊感の後、がくんと重力がかかるのを感じた。ジェットコースターで急降下するときみたいな感じだ。

 悲鳴をあげる余裕もなく、わたしは目の前がまっくらになった。

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