Exitus acta probat.

@k-tama

Exitus acta probat.

 コンビニエンスストアで、ほかほかの肉まんを買い、そのままかぶりつきながら歩いていた。お行儀悪いのは承知だが、なんといってもほかほかだし。鉄は熱いうちに打つもので、肉まんはほかほかのうちに食べるものだ。

 コンビニ前の通りを、右手に曲がったところで、二またの分かれ道に出た。分かれ道の手前に看板があって『この道の片方は天国に、片方は地獄へと続いています』と書いてあり、どちらの道も途中からもやのようなものがかかっており行く先は見えない。

 なんでだよ。

 通りを右手に曲がった先は県道で、県道を右に行くと最初にある店はうどん屋で、左に行ったら家電量販店のはずである。

 ふと気づかないうちに転生したらナントカなかんじの主人公になっていたのかと思ったが、自分の格好を見下ろしても、胸に大きく『部屋着』と書かれたTシャツにジャージのズボンという、コンビニに行ったそのままの姿だ。ちなみに『部屋着』Tシャツは、兄ちゃんが「友達にウケると思って買ったのに、誰も指摘してこなくてさみしくなったから、お前にあげるよ」とくれたやつだ。友達にウケると思っていないので、そのまま着ているが、さすがにこの格好で転生はないだろう。うん? いやまてよ。天国と地獄の手前なんだから、転生するとしてもまだその手前なんだろうか。考えかけたが、その前に肉まんを食べることにした。

 肉まんを食べていると、分かれ道の手前に三人の男がやってきた。三人の男の外見はそっくりだった。みな、背中に翼が生えていて、半裸というか、裸に白い布を巻き付けるようにしてまとっている。

 三人の男は『この道の片方は云々』の看板の横に三人並んで立ち、こちらをじっと見てきた。が、とくに用事もないので、肉まんに集中した。ほかほかうまうま、ふう、おいしかったな、と食べ終えるのを待って、あきらめたように男の一人が口を開いた。

「そこの君、わたしたちが何に見えるかね?」

 聞かれたら答えなければならないものだろうか。仕方ないので思ったままを言うことにする。

「不審者です」

「不審者?!」

 三人の男は顔を見合わせ、信じられないというように首を振った。

「誰がどう見ても、天使だろう?」

 ほら、翼だってついているだろう、と三人はそれぞれ、羽根をバタバタして見せる。ほら! ほら! と言いながら、ちらっちらっとこちらに視線を向けてくるのが、ちょっとうっとうしい。

「ここには俺しかいないので、誰かがどうかして見たらどう見えるのかについてはわからないけれど、天使ということにしておきたいならそういうことでいいです。唐突すぎる設定な気がするのはさておくとして」

「……ま、まあ、わたしたちが天使というところまでは理解してくれたようだ、と思わないと話が進まないので、そういうことで理解してくれたまえ。ところで、ここに二またの道があるだろう」

「ありますね」

「この二またの道の片方は天国に、片方は地獄へと続いているのだが」

「そう書いてありますね」

「そう。しかし、この道のどちらが天国に続く道で、どちらが地獄に続く道なのかは書いていないというわけだ」

「そうですね」

「ということは、だ。どちらを選んだら天国に行けるのかはわからない、ということになるね」

「そうですね」

「そう。そこで、わたしたちの登場が重要になるんだよ。わたしたちは天使だが、わたしたちのうちひとりは正直天使、ひとりはうそつき天使、ひとりは気まぐれ天使でなのだよ。 正直天使はかならず正直な答えをする。うそつき天使はかならず嘘の答えをする。そして、気まぐれ天使は、正直に答えたり、うそをついてみたり、どちらも気まぐれに答えるんだ。だから気まぐれ天使。ここまではいいかね?」

「ふたつ、よくないと思う点があります」

「なんだろうか、言ってみたまえ」

「ひとつめ。正直天使と、うそつき天使と、気まぐれ天使がいるのだとして、あなたがうそつき天使だった場合、正直天使と、うそつき天使と、気まぐれ天使はいない、ということになりませんか?」

 天使だと名乗る男は、うっ、と声を上げた。

「そ、そこはまあ、そういうことだったりするかもしれないが、ええとええと。正直天使と、うそつき天使と、気まぐれ天使がいるっていうのは前提にしておかないと、話が進まなくなるから、そこはそれ、いるんだなって思ってほしいんだけど。思ってくれないと困るんだけど」

「困るなら仕方ないので、思うことにしておきます。では、ふたつめ。天使と仰いましたが、そもそもなんで天使がここにいるのですか?」

 それはいい質問だ、と天使と名乗る男は満足そうにうなずいた。

「それはね、わたしたちが、天国への、あるいは地獄への道を示すものであるからだよ」

「天使というのは、天のカミサマの使いとして人間のところにやってきて、カミサマのおぼしめすところを人間に伝え、人間の願いをカミサマに伝える存在というところであるからして、そこから、やさしくきよらかで思いやりの深いたとえにも使われるものですが、たとえはさておくとして、またカミサマの意思を使いとして伝えるものが、うそをつくとすると、そのアイデンティティそのものがですね」

 天使だと名乗る男は、うっ、と声を上げた。

「うん。なんかごめん。羽根が生えてるから天使ってくらいの軽いノリでうけとめておいてもらっていい?」

「了解しました」

「君、けっこうめんどうくさい……いや、ここは仕切り直して。と、いうことで、だ。君は分かれ道の前に立っている。 道の片方は天国に、片方は地獄へと続いているのだが、ここからではどちらがどちらに続く道なのか、その先はうかがえない。 そこにわたしたち三人の天使がやってきた。三人の天使のうち、ひとりは必ず正直な答えを返す正直天使、ひとりは必ずうその答えを返すうそつき天使、ひとりは正直な答えを返すこともあるしうそをつくこともあるがそれは気まぐれで、いつ正直でうそつきなのかがわからない気まぐれ天使である。というところまでは了解してもらったとして、その先だが。君は、この分かれ道のどちらが天国に行く道かを知るために、わたしたちに三人に対して、二つだけ質問をすることができる」

「あ、今さっき二つ質問したんで、残りゼロカウントってことですね」

「え? あ、いや、そうじゃない。そうじゃなくてだね。君ほんとにめんどうくさいな。そうじゃなくて、道に対する質問が二つできるということなんだ。二つカウント今からね? ね?」

「今からですね。了解。それはそれとして、天使だと名乗る皆さんは、どちらが天国へ続く道なのかを知っているという前提でいいでしょうか?」

「あ、うん。それは今まで話したこと含め、大前提ってことでそう言うことで」

「わかりました。ところで、今までのが大前提だとすると、それを説明したあなたが正直天使じゃないといけないわけで、俺はあなたに天国への道は右手でいいですかみたいなことを聞けばいいだけじゃないかと思うんですが」

 天使だと名乗る男は、うっ、と声を上げた。

「う、うん……それは、そうだね。そうなんだけど、それだとこの選択の意味がなくなるんでええとあの。すみませんが、今までのは大前提であるとして、ここから始めてもいいですか」

「俺的に、なに一つメリットがないんですが」

「そうですね。そうなんだけど、ええい、ここは天使権限的に無理やりここから始めると決めて、まずは天使シャッフルタイムに移らせていただきます。わたしたち三人は、寸分たがわぬ同じ顔同じ姿。並び順を変えてしまえば誰が誰だかわからない。ではシャッフルターイム!」

 勝手な宣言をすると三人は高速でぐるんぐるん並び順を入れ替え始めた。入れ替えながら、ちゃららららら~ちゃららららら~らら~と『オリーブの首飾り』の曲を口ずさんでいるのが、そこはかとなくうっとうしい気もするが、なるほど、見た目だけでなく声までそっくりで、見わけることも聞き分けることもできないらしい。

 やがて気が済んだのか、三人はまた、『この道の片方は天国に、片方は地獄へと続いています』と書いてある看板の横に並びなおして、三人声を揃えて言った。

「「「さあ、天国へと地獄への行き先を分ける質問をどうぞ」」」



 ふと目を開けると、兄ちゃんの顔が間近にあった。しかも、わあわあ泣いている。泣いているのはなんでだかわからないが、涙だの鼻水だのが俺の顔に垂れてこないようにと、手を伸ばして、ぐいと頭を押しやったら、きょとんと、目を見開いた。「なんだよ?」と、言おうとしたのに、こんどはうわあああああと言いながら抱き着いてきた。えぐえぐしゃくりあげながら「よがっだおでのおどおどいぎがえっだあ!」と言っている。何の呪文だよと思った言葉が「よかった、俺の弟、生き返った」だと気づいて驚いた。

 聞けば、コンビニ前でぶっ倒れて、救急車で病院に運ばれたらしい。両親とも会社から戻っていない時間だったので、連絡を受けた兄ちゃんが慌てて駆け付けたのだという。

「軽い脳震盪だけで、本当によかったよ。友達ウケが悪くてさみしくなったからお前に押し付けた変なTシャツに、尻のあたりがけっこう毛玉になってるヨレヨレのジャージのズボンをはいて、肉まん食うのに夢中になりながら歩いていて目の前に電柱があるのにも気づかず思い切りよく頭を打ち付けたという理由で、お前があのまま息を吹き返さなかったりしたら、俺はお前が不憫すぎて、誰になんと説明していいのかもわからない」

 しみじみと兄ちゃんは言うが、確かに説明されたくない気はする。

「ああ、でも、そういえば。あれは夢だったのかな。天使と名乗る男三人組に天国に行く道か地獄に行く道かを選択しろと無茶振りされていたんだが」

 なんだって? 目を丸くした兄ちゃんが、詳しく話せというので、かくかくしかじかと話をしてみた。


「正直者とうそつきと正直かうそつきかわからない気まぐれの三人に、二回質問するだけで、選べってか。三人のだれがどれだかはわからないんだろう? お前、どういう質問して正解を得たんだ?」

「正直者とうそつきと正直かうそつきかわからない気まぐれの三人だろ? だから三人に『自分を気まぐれだと思うか』って聞けばいいんだよ。正直者は必ず『いいえ』って答えるし、嘘つきは必ず『いいえ』って答えになるよね」

「でも、気まぐれは『はい』か『いいえ』どちらかわからない」

「そうだけど、三人いるんだから、気まぐれが答えたところで、回答の『はい』と『いいえ』のどちらかが二人、どちらかが一人の、かならず二対一になるはずだろ? で、正直は『いいえ』、うそつきは『はい』って答えるのも決まってる。つまり、『はい』が一人だったら、その時点で『はい』って答えてるのが、うそつきだって決まる」

「『はい』が二人だったら、『いいえ』って答えたのが正直者か」

「そういうこと。ここで二対一の一人のほうが、うそつきか正直が特定できるじゃない?」

「そうだな」

「特定できたところで、次の質問は、うそつきか正直かの、その一人に『右の道が天国に行く道ですか?』って聞けばいい。うそつきに聞いた場合は、彼が答えたのと逆を行けばいいし、正直者が答えたのならその通り進めばいいんだけどさ。『正解! あなたの勝ちだ! おめでとう! さあ、天国に迷わず進みたまえ!』って、三人組が言ったところで、俺、くるりと踵を返して、二またの分かれ道と逆に戻ったんだよ。なんか、わけのわからないテンションに付き合わされて疲れたから。コンビニに戻って、今度はあんまんを買おうと思って。そしたら兄ちゃんが目の前で泣いてたというわけ」

「ありがとう、あんまん!」

 突然叫ぶから、なんだそりゃ、とうめくと、兄ちゃんは、目じりに浮かんだ涙をそっと拭いてうなずいた。

「正解したにせよ天国行きという選択だったはずなのに、お前はそのあんまんを食べたいという食い意地によって、戻ってきたんだろう? ありがとう、あんまん! ありがとう、お前の食い意地! 真の勝者よ! おめでとう!」

 なるほど。確かにそうかもしれないが。

 だがしかし、あんまんへの食い意地で、真の勝利をつかんだとか連呼されるのはなんだかな、と額を押さえると、思い切りよく電柱にぶつけたときにできたたんこぶが痛むのだった。

 

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