第6話 水着選び


              ☆☆☆その①☆☆☆


「そ、それじゃあっ…し失礼いたしますっ!」

 男女共通な水着売り場に、一礼して入店をする青年。

 周囲は、女性用の水着と女子高生三人。

 なので、無駄にキョロキョロとかして万が一にも犯罪者と間違われては、ならないのだ。

 デレデレもしないで、むしろキリっと精悍に。

 強面が更に硬い強面で纏まる。

「私、これがいいかな~♪ オジサンはどうですか~?」

(来た!)

 彼氏指数を試される質問だ。

 青年が、恥ずかしさを堪えて亜栖羽を見ると、パンク衣装の上から朱色のビキニを充てている。

「ぅおうっ–かかっ、可愛いです…っ!」

 本当に、心からそう感じる。

「こっちはどうですか~?」

 紺色のビキニ。

 僅かにデザインが違うけれど、もちろん、女性慣れしていない育郎に、その違いがわかる事はない。

 それでも、一つだけ確信する事がある。

「うんっ、それも可愛いよねぇ…でへへ」

 キリっとする決意もすぐに蕩け、だらしない笑顔でうんうんと頷く、筋肉強面青年だ。

「GOさん、顔だらしないっスね」

「ハっ–か、可愛いですよ、うん」

 指摘をされて自戒するものの、GOさんとは?

「あ、私わかりますよ~♪ オジサンの苗字の福生さんだと呼びにくいし~、オジサンだとちょっと馴れ馴れしい感じっぽいから~、育郎さんの育→行く→GO でしょ?」

 友達に答えを求めると。

「トモちゃん正解。てか、さすが付き合い長いよね~」

「今年の春からですけどね~♪」

 女子三人でキャっキャしている。

「それじゃ、コッチで着てみますね~♪」

「アタシはこれ~」

「私はこちらを…」

 三人が並びの試着室に入ると、売り場に残された青年は、なんだかいたたまれなくなってきた。

(じょ、女性の水着売り場に、僕一人…)

 周囲の女性たちから、不審がられていないだろうか。

 警備員の人とか来たら、亜栖羽ちゃんに助けを求めたほうが…?

 とか色々と、余計な心配が湧いてくる。

 冷や汗がダラダラと流れ、むしろ体調不良なのではと、店員さんに別の心配をされそうだ。

 緊張して筋肉が盛り上がって、自らの心に負けないという意思で、強面は更に恐ろしく飾られてゆく。

 その姿は、サバンナで最も危険な猛獣であるカバが、赤い汗を流して退散するレベルだ。

 そんな青年に、救いの声が。

『オジサ~ン、この水着 どうですか~?』


              ☆☆☆その②☆☆☆


(あっ、亜栖羽ちゃんっ!)

 彼女に呼ばれて試着室の中を確認するのは、彼氏指数的には合格ラインだ。

「は、はーいー…あ、あ、開けますよー。開けますよー」

 周囲に伝えるかのように、育郎は並んだ試着室の一室のカーテンを、スラっと開けた。

「わわっ、GOさんなんスかっ!?」

「え…あわわっ–ごごごごめんなさいっ!」

 カーテンの中では、ミッキー嬢が着替えの最中だった。

 肌も露わなミッキー嬢が、身体を隠しながら早口で教えてくれる。

「トモちゃんは左の部屋っスよ! 早くカーテン、閉めてくださいっス!」

「は、はいっ! スミマセンでしたっ!」

 慌ててカーテンを閉めながら、言われた通りに左側の個室のカーテンをオープン。

「ひ、ひやあ…っ!」

 中では、桃嬢が着替えの最中だった。

 これから水着を着るタイミングの桃嬢は、一瞬、頭がパニックになっている様子だ。

「あわわっ! スっスっ、スミマセンですっ! 重ね重ねっ–っ!」

 真っ赤になって慌ててカーテンを閉める青年に、右隣のカーテンから顔を覗かせるミッキー嬢。

「何してるんスか。左って、アタシから見ての左っスよ」

 伝え方も悪かったと自省しているのか、ミッキー嬢は困った顔だ。

 更に右の隣から、亜栖羽が顔を覗かせる。

「も~、オジサンのドジっ子~☆」

 言いながら、亜栖羽も笑っている。

「ご、ごめんなさい…あわわ…」

 目を回して腰砕けになる青年。

 結局、亜栖羽は朱いビキニを購入し、ミッキー嬢は水色の柄物なビキニを選び、桃嬢はライトグリーンのシンプルなビキニを買った。

「あの…本当に、スミマセンでした…」

 シュンとする二十九歳の大男に、女子高生たちは優しい。

「もう気にしてないっスよ」

「亜栖羽さんだけでは飽き足らず、友達である私たちにまで、筋肉の毒牙が…はふぅ…」

「あはは♪」

 青年の失態は、お好きなクレープをご馳走する事で、許して貰えた。


 ちなみに、育郎の友達のドールマニアがよく口にするドールの基準で言えば、「ミッキー嬢→亜栖羽→桃嬢」の順に「ラージ→ミドル→スモール」だった。

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