第2話 育郎の密かな趣味なんかも
☆☆☆その①☆☆☆
「わ~海ですか~! 行きたいです~♪」
「し、し~」
思わぬ歓喜の声に、青年は指で合図をして、図書館の書士さんは二人をチラと見る。
「あわわ…ごめんなさ~い☆」
小声で謝る少女だけど、愛顔は喜びでキラキラしていた。
「いつですか~? あ、もしかして キャンプが行けなくなったとかですか~?」
夏休みの前に相談していた日帰りキャンプは、予約をしたら八月下旬しか取れなかったのが残念だ。
「キャンプは行くよ。ただ、亜栖羽ちゃん 八月の中旬に、お盆で田舎に行くって言ってたでしょ? だからさ、その…その前に、どこか 出かけたいなぁって…」
顔を赤らめつつモジモジする、筋肉の二十九歳。
少女の家庭では、年末年始や八月のお盆は田舎でお墓参りをする習わしがあり、それは親戚一同が集まる恒例行事なのだとか。
「予定では三泊四日で~、お姉ちゃんたちとか、たーくんとかみーちゃんに合えるの、楽しみです~♪」
「あはは。今年は宿題も片付けてあるし、ノンビリ出来るね」
「ですよ~♪ でもちょっと、あれですよね~」
何か思うところがあるらしい。
「? 何か気になるの?」
青年の問いに、亜栖羽は俯いて、チラと視線をくれる。
「オジサンに会えないの、寂しいな~って☆」
憂鬱そうに少し俯いて、見上げるような視線で、なんだか拗ねているようにも見える。
そんなナチュラルでワガママなフェイスに、ドキっとときめく育郎だ。
「だ、大丈夫だよ! もし何なら、こっちからメールするから」
「あ、そうですよね~♪ 私からもメール、いっぱいしますね~♪」
七月に入ってすぐの頃、少女から「七夕様の日、浴衣の写真 送りま~す♡」というメールが届いた。
育郎も、急いで浴衣を買いに行って、七夕様の日に浴衣の写真を送り合ったりした。
「浴衣姿の亜栖羽ちゃんも可愛いなぁ♡」
と、ニヤニヤしてのも記憶に新しい。
「オジサ~ン?」
「はっ–」
回想世界から戻ってきた青年は、取り繕って、海水浴の計画を話す。
「ゴホン…それで、海だけど」
夏休み前、キャンプのプランを立てている時にも、海は込んでいるかも、という話題になった。
「まあ、確かに混んでるとは思うけどね…車でちょっと遠出をすれば、意外と穴場らしい海水浴場が あるみたいなんだ」
☆☆☆その②☆☆☆
旅行好きの友達が教えてくれた海水浴場で、二年ほど前に開いたばかりで、まだ地元の人たちしか知らないと言える、穴場の中の穴場だという。
タブレットの地図で表示をして、海岸のホームページも見せる。
「わ~広~い♪ 綺麗な砂浜ですね~♪ あ、でもオジサン、いま車で遠出って 言いましたか~?」
「うん。あ、言ってなかったっけ?」
育郎は、大学時代に運転免許は取ってある。
車は所有していないけど、実はレンタカーでの運転は、慣れていた。
「免許持ってたんですか~。流石です~♪」
「ま、まぁ…大学の頃に、友達と一緒にね」
教習所に通っている間、運転教習のたびに違う教官がその都度、運転席に座る育郎を見て驚いていた記憶が、今でもあったり。
「でね、月に一度か二度、週末に郊外へ出るのも好きで」
「ドライブですか~? 素敵ですね~♪」
ウットリしている亜栖羽には申し訳ないけれど、そんなに格好良いものでもない。
「亜栖羽ちゃんは知ってるけど、僕の部屋に、外国語のSF小説とかロボットのプラモとか、あるでしょ? ああいうのを、目的もなく車を走らせながら探すのが、僕の息抜きっていうか…」
土曜日の朝早くにマンションを出発して、近郊の県を跨いで知らない道をノンビリと走らせて、何か気になったお店を見つけたら、車を停めてお店を覗く。
「小さな古本屋さんとか、その土地のチェーン店のお店とかさ。古い模型屋さんなんかを見つけて 宝物探ししたりね。運転に疲れたら、適当な自販機の傍で車を停めて、缶コーヒーで一服ついたり。気が向いたら、行った先の宿に泊まったりとかね。なんかそんな、ダラダラした感じだけど」
照れ笑いで頭を掻く青年に、少女は頬を上気させている。
「わあぁ…大人の休日って感じですよね~♪ それになんだか、オジサンらしい~♡」
気ままなドライブに、亜栖羽は憧れのような表情を魅せていた。
「ひ、日帰りだったら…亜栖羽ちゃんも今度、いい一緒に、行く…?」
「わ、いいんですか~? 行きたいです~♪」
「し、し~」
大きな声で嬉しさを隠さない少女を制する青年と、またチラと注意の視線をくれた書士さんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます