第689話 領主就任&昇爵式当日
領主就任&昇爵パーティー当日──。
城館の大広間と外への仕切りを取り去って庭に続くスペースは多くの招待客で一杯になっていた。
それこそタウロに所縁のある冒険者などの平民から上は王侯貴族まで集っていたから、護衛の者は大変だったので、この辺りは少しテーブルを離して問題が起きないようにしていた。
「それではこの式の主催者であり、主役でもあるタウロ・ジーロシュガー伯爵より、ご挨拶をお願いします」
司会進行役が拡声魔法で大きくした声で、会場の人々に伝える。
先程までざわついてた会場はタウロの登場にピタリと静かになった。
「えっと……。タウロ・ジーロシュガーです……。この度はお日柄も良く──」
タウロは慣れない挨拶に恐縮しながら、形式ばった挨拶から始めた。
そして、本題に入る。
「──元々僕は、八歳の時、サイーシの街の貧民区で野垂れ死にしそうになっていました。そこで、このまま死ぬよりは! とイチかバチか冒険者ギルドに飛び込み、この会場にいる恩人、支部長レオと、モーブ、ネイ両夫婦に助けられ、冒険者としてやっていける事になりました。そこでは他の冒険者などのみなさんにも助けられました。その後も多くの友人、知人、仲間、家族に助けられました。──僕がこの場にこうして立っていられるのは、その時の人達、この会場に招待されているみなさんのお陰であるという事です。あ、もちろん、今日、初見の方も招待しているので、自分は関係ないぞ? という方は失礼します」
タウロが多くの関係者である招待客に感謝の言葉を述べ、そうでない招待客には気を遣う言葉を述べると、そこで少し笑いが起きる。
そして、タウロは続けた。
「──この領地を治めるにあたっても、お世話になったガーフィッシュ商会と領主代理を務めてくれたロビンさん、ありがとうございます。今日、この時を持って領主代理はグラスローに移行します。ロビンさん、ここまでお疲れ様でした」
タウロはこの一年半近く代行を務めてくれたロビンを労った。
当の本人は、この多くの人々が集まるところで感謝されるとは思っていなかったのだろう、
「え!? ──あっ……、はいなのです!」
と慌てて返事をする。
その姿が微笑ましく映ったのか周囲から温かい笑いが起きた。
「──このジーロシュガー領は各自治区をはじめ、周辺のいくつかの貴族領とも接した大事な場所だと思っています。ですから、この地を末永く平和に治め、一帯の安寧に貢献できる事を願っています。今日、お越しくださったみなさん、これからよろしくお願いします」
タウロはそう言うと、会場に招待している、まだ、交流が再開していない自治区の代表や初見の貴族などに向けて頭を下げた。
タウロの腰の低さに思わずその代表や貴族も軽く頭を下げて応じる。
「──これ以上長いとみなさん疲れると思いますので、僕からの感謝はこれくらいにしたいと思います」
タウロは笑ってそう言うと司会進行役の男に視線を向ける。
「それでは、みなさん、グラスをお持ちください。タウロ・ジーロシュガー伯爵の領主就任、伯爵への昇爵を祝って……、──乾杯!」
「「「乾杯!」」」
会場の招待客全員が、タウロを心から祝って乾杯を告げる。
そこから会場は、招待客がタウロを祝福する為に周囲に輪ができた。
前日までに面会を済ませた者達は遠慮してくれたが、そうでない人々は、タウロとお近づきになろうとして押し寄せる。
「ジーロシュガー伯爵、私だ、ジョーゴ子爵だ。まさか、すぐに伯爵に昇爵されるとは人が悪いですな。はははっ!」
ジョーゴ子爵とはタウロが初めて自分の領地に入る直前に面会した隣領の貴族である。
ジョーゴ子爵は当時、同じ子爵であるタウロと同格ながら、先輩風を吹かしていたから、あっという間に上級貴族になってしまったタウロにゴマを磨る形でいち早く挨拶にきた。
「ジョーゴ子爵、我々にも紹介してください。──ジーロシュガー伯爵、私は──」
こういう感じで周辺の下級貴族は、親しい間柄と吹聴していたジョーゴ子爵に引っ付いてきてタウロに挨拶をする。
タウロはそれに一人一人丁寧に応対して、パーティーに来てくれた事を感謝するのであった。
タウロが貴族や交流前の自治区の代表達とある程度挨拶を交わしていると、会場の扉の横に立っていた使用人が、大きな声で新たな招待客の訪問を告げた。
「サート王国王家より代表として、フルーエ・サート第五王子殿下がお越しになられました!」
この言葉に、会場からは大きなどよめきが起きる。
こう言っては何だが、地方の貴族の昇爵パーティーに王族が参加する事など普通ありえないからだ。
もちろん、この会場にはこの国の宰相であるバリエーラ公爵の代理として子息のムーサイ子爵が招待されている。
これだけでも、なかなか凄い事であるのだが、そこに王家から王族がこの地方に足を運ぶというのは、この南西部の貴族や代表達にとってかなり衝撃的であった。
「フルーエ王子殿下と言えば、王都で優秀と名高いハーフエルフの王族だったな」
「王家から王族が代表で送られるなど、余程でないとありえない事だぞ?」
「ジーロシュガー伯爵がそれほど、王家から信頼が厚いという事か……!」
招待客からそんな驚きの声が上がる。
それはそうだろう、地方とはいえ相手は伯爵だから下級貴族や交流のない自治区の代表はそれなりに評価して招待に応じて訪れていた。
だが、それでも評価しきれていなかったという事をこのフルーエ王子の登場で理解したのであった。
「タウロ、来たぞ! 王宮以外で其方と会える日が来るとは思わなかった!」
フルーエ王子は周囲の目を気にする事なく、友人としての第一声を放つ。
これにはさらに、周囲も驚きにざわめく。
王家がただ単にタウロを評価しただけでなく、王子個人もタウロを評価し、それどころかやけにフランクに声を掛けたものだから、二人の関係がただ事ではない事をすぐに把握した。
二人は握手どころかハグをしてその親しさを示す事で、交流のない自治区の代表達の答えは一致する。
ジーロシュガー伯爵と交流を再開しておいた方がよい! と。
これは、王家の代表フルーエ王子の狙いでもあった。
この王国南西部は自治区が集中しており、それが原因で争いが起きやすい地でもある。
そうなると、当然ながら王家としては、争いなくまとまってもらう事の方が望ましい。
だからこそ、その中心にタウロを置く事で、その役割をしてもらおうというのが、王家の判断なのだ。
もちろん、フルーエ王子はこの親しい友人であるタウロ相手だから、それとは関係なくこの態度を見せているところもあるのだが、結果として目的を達成する事にもなっているのであった。
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