第648話 領都内の視察
カレー屋シュガー領本店から交易所まではかなり近い。
以前の交易所は領都内の南西区域だったのだが、空き家が多くなっていた事をチャンスと考え、土地を区画整理して交易所所長である元ブサーセン商会会長ソウキュウが中央寄りの土地に移転させたのだ。
そのお陰で、寂しかった人通りも交易所の建設や整備などで人が一気に溢れ、活気を取り戻しそうな勢いである。
実際、領都から地方の田舎に逃げるように移り住んでいた者達も、領都シュガーの景気回復が進んでいる事から、戻って来る者も増えつつあり、交易所の中央への移転は起爆剤になりそうだ。
「カレー屋さんのとなりにも別のお店を作ろうかな?」
タウロは交易所が多くの人を集めそうだと、現場を見て感じ、そう口にした。
「何のお店を作るの?」
エアリスは驚く事なく聞き返す。
「うん、やっぱり、労働のスタミナ源にはお肉が必要な人も多いだろうなって」
「ああ。そう言えば、タウロが作った『焼肉のタレ』、まだ、商品化していなかったものね。それを使うつもりでしょ?」
エアリスはタウロの考えがすぐにわかって、指摘する。
「うん。カレー屋のメニューには肉のトッピングもあるけど、ガッツリ食べたいとなると、焼肉屋さんかな。これもロビンさんに相談しておこう」
タウロはすぐに頭の中で思いついた事を整理していると、そのタウロ達に気づいて声を掛けて来る者がいた。
「お? ジーロシュガー様ではないですか! もうお帰りになられていたんですね。私はエルフ族相手なので説得に時間が掛かって、今年中には戻って来られないと思っていましたよ。はははっ!」
その声の主はソウキュウであった。
「今年中って! さすがにそんなに時間掛かっていたら交易所再開しても寂しいじゃない!」
タウロはソウキュウの冗談なのか本気なのかわからない言葉に苦笑する。
「いえ、エルフは本当に交渉には時間がかかると思ったのですよ。彼らは時間の感覚が人間とは違いますからね。契約結ぶまでに数年かかる事はざらですよ?」
ソウキュウは冗談ではなく半ば本気で言っていたようだ。
そして続ける。
「──ですが、ジーロシュガー様なら短期間で契約を結んでくれるとも思っておりました。だから、交易所完成も急がせていましたよ。はははっ!」
ソウキュウはそう言うとまた笑う。
確か四十八歳のはずだが、商会を引退してからというもの、今の仕事が余程楽しいのか生き生きとして若く見える。
「エルフ自治区ともしっかり契約を結んだから、あとはよろしくね。ひと月以内には、あちらからも商人がやって来ると思うから、それまでには完成させてください」
「それなら問題ありませんよ、すでにほぼ完成していますから。あとは余った資材の撤去と整理、そして運び込みだけです」
ソウキュウは自慢気に笑みを浮かべる。
「もう、そこまでやってくれていたの!? 助かるよ。それじゃあ、建物内も見物させてもらえる?」
タウロはそう言うとエアリスと二人、ソウキュウの案内でしばらく広い交易所内を見学するのであった。
視察の帰り、二人はガロの背中に跨って城館に向かっていた。
「みんなこのジーロシュガー領の為に頑張ってくれているね」
タウロは嬉しそうに後ろに乗るエアリスに漏らす。
「うふふっ。タウロの人徳よ。あなたの役に立とうとみんなが頑張ってくれているのだと思うわ」
エアリスはこの婚約者の人を引き付ける性格に微笑むと応じた。
「僕だけじゃあ、こんな事にはならないって」
タウロは苦笑すると謙遜する。
「ガーフィッシュさんやロビンさん、ソウキュウさん、ドワーフのガスラ議長にローガスさん、エルフのグラスローさんにしてもみんなタウロのこれまでの行いが発端となって協力してくれているのよ。全てはタウロなの」
エアリスはこの自分の手柄を誇らないマイペースな彼氏に呆れるのだったが、それは嬉しい意味でのものだった。
この性格だから自分もタウロに惹かれ、引っ張られるように変わる事が出来たと思っていたので、感謝しかない。
「そうかなぁ? 僕にしてみたらみんなが親切に力を貸してくれるから、助けられてばっかりな気がするけど……」
「……ありがとうね、タウロ。あなたのお陰で私、とても楽しいわ。ふふふっ」
エアリスはそう言うと、タウロを後ろから抱き締める。
「……うん。それは良かった」
タウロは皆まで言わず、応じた。
そこに、
「おお、タウロとエアリス、帰ってたのか! 城館に戻る途中なら俺もガロに乗せてくれ!」
とアンクがガロを見かけて声を掛けて来た。
タイミングよ……!
タウロとエアリスは二人は苦笑すると、ガロを止めて、アンクを乗せる。
「ラグーネとシオンはどうした?」
「二人なら、すでに城館で休んでいるよ」
「そうなのか? あ、もしかして二人ともデート中だったか! すまん、やっぱり降りるわ」
アンクはようやく二人だけの理由を察して、ガロから降りようとする。
「はははっ! いいから! それで、アンク。領兵隊の方はどうなの?」
タウロはアンクの歯に衣着せぬ物言いに笑うと、この留守を任せていたこの頼もしい仲間にその後の状況報告を確認する。
「それなんだがな? 先日、ドワーフ自治区から来た連中の一部が、領兵隊に入りたいと希望して来てな。良い腕しているから、隊長の一人に任命したいと思っているんだがどう思う?」
「へー! ドワーフ自治区から? ……まさか、その人、ボーゼさんじゃないよね?」
タウロはドワーフ自治区の道案内をしてくれたドワーフの名前を口にした。
「はははっ! 正解だ! なんでも、うちとの検問所が解放されたから、暇になったらしくてな。それならこっちに来てタウロの下で働きたいって事らしいぞ?」
アンクは勘の良いタウロに笑うと理由を説明した。
「ボーゼさんなら、OKだけど、彼女さんはどうするんだろう?」
採掘デートをする仲の彼女がいたはずだから、それを心配した。
「それなら、フラれたらしいぞ?」
「……それが絶対ここに来た一番の理由だよね?」
タウロは苦笑すると、核心を突くのであった。
「そこは本人に会っても触れては駄目だぞ?」
アンクが真面目な表情で注意する。
「そうよ、傷に塩を塗る行為よ?」
エアリスも真剣な顔で注意した。
「あ、はい。気を付けます……」
タウロは二人の忠告に素直に従うのであった。
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