第647話 帰還と視察

 タウロ一行は、エルフ自治区をあとにしてジーロシュガー領に一旦戻ると、そこから領都を目指して北上した。


 狼型人形ガロの背中には、タウロ、エアリス、ラグーネ、シオンの他にエルフのグラスローもいたからである。


「それにしても、このガロ殿は本当に乗り心地が良いですね」


 グラスローは衝撃がほとんどない疾駆を見せるガロに改めて感心した。


「でしょ? 街道のような整備された道以外は、大体は凸凹が激しいからね。それに対応できるのは、四足歩行型以外ないと思ったんだけど正解だった。だから車にしなくて良かったよ。はははっ!」


 タウロはグラスローに褒められて、嬉しそうに応じる。


「クルマとはなんですか?」


 グラスローが効き慣れない単語に興味を惹かれたのか聞いてきた。


「馬車の馬なしバージョンかな? ──それはそれで雨露をしのいで、運べる荷物も多そうだけど、僕達は冒険者だからね。舗装されていない道なき道を進む事も多いから」


 タウロは、存在を否定せず、わかり易い例えで答えた。


「なるほど! 馬車の「馬無し」だから「車」、ですか。 それはそれで便利そうですね……。領都に到着したら、ドワーフの職人を招いて研究してみてもよろしいでしょうか?」


 グラスローは犬猿の仲であるはずのドワーフと一緒に研究をする提案をした。


 領都で犬人族でガーフィッシュ商会従業員、そして、領主代理を期間限定でやってもらっているロビンの下でグラスローには勉強してもらうつもりでいるのだが、この提案には内心驚くものの、とても前向きな言葉だとタウロは歓迎した。


「いいけど、かなり難しいと思うよ? でも、一応、僕が考えている(知っている)『車』について話しておこうかな」


 開発についてはタウロは期待はしていないが、少しでも技術の進歩に繋がればと思い、機械的な部分である歯車の仕組みなどを話す。


 もちろん、エンジン部分はこちらの世界では魔法や魔道具で補えればそれに越した事はない。


 タウロは歯車一つでどうなるとも思えなかったが、グラスローは歯車の形をタウロに絵に描いてもらうと、


「……なるほど。これならば少しの力で他への伝わり方が、楽に済むのですね? ──それを組み合わせて『車』の車輪を動かすのか……。タウロ様の発想は実に素晴らしいです!」


 グラスローはタウロの予備知識なしでは理解が難しい説明も、要点をすぐに掴んで理解した。


 これには一緒に聞いていたエアリス達も、


「タウロ(様)の難しい話について来れる人がいるとは……」


 と、グラスローの柔軟な頭の良さに感心した。


「技術的に難しい部分が多いから、無理しない程度に頑張って」


 タウロはこの頭脳派エルフには将来的に領主代行を引き受けてもらおうかと考えているから、今のうちから根を詰めないように注意する。


「お任せください! このグラスロー、タウロ様の力になるべくエルフの寿命の全てを費やす所存です!」


 いや、重いから!


 タウロは内心ツッコミを入れるのであったが、本人がやる気を見せている以上、水を差すのも良くないかと思い、何も言わない事にするのであった。


 そんなやり取りをガロの背中の上でやっていると、領都シュガーに到着、ロビンのいる城館にグラスローを送り届けた。


「タウロ様、お帰りなさいなのです!」


 ロビンはいつも通り元気よくタウロ達を出迎えた。


「ただいま、ロビンさん。この人は僕の下で働いてくれる事になったグラスローさんです。──グラスローさん、こちらは説明したロビンさんです。この人からお仕事を教わってください」


「──え? このエルフ殿を私の下に? ──わかりましたなのです!」


 ロビンは忙しい自分の下に部下が増える事を快く受け入れた。


「それでは、僕達は次の自治区に向かうべく準備を──」


 タウロは二人を引き合わせたので、用事は済んだとばかりに話を進めようとした。


「タウロ様! 報告する事がいくつかあるのです!」


 ロビンはタウロがまたすぐに出かけそうな勢いなので、慌てて呼び止める。


「報告?」


「はい、なのです! まず、一つ目は、交易所がもうすぐ完成しそうなのです。ですので元ブサーセン商会会長であった責任者のソウキュウさんのところにも一度顔を出しておいてくださいなのです。そして二つ目は、鉱山の採掘作業の為にドワーフのみなさんが集まり、集落も出来つつあるので、こちらも視察してもらっておきたいのです。そして、三つ目は、タウロ様の肝煎りだったカレー屋シュガー領本店が完成したので、あとは開店するだけなのです!」


「おお、そうだった! 色々と話が進んでいるね。わかったよ、それらも視察しておくね」


 タウロはやる事が多い事に軽く驚きつつ、了承する。


「じゃあ、このまま、近いところから見に行こうかな。エアリス達はこのまま部屋で休んでいていいよ?」


 タウロはエアリス達にそう告げる。


「私はタウロに付いて行くわ。ラグーネとシオンは休んでいて」


 エアリスはタウロと二人きりのひと時をと思ったのだろう、付いて行く事にした。


「じゃあ、お言葉に甘えて休ませてもらおうかな」


 とラグーネ。


「わかりました! でも、鉱山に行く時には声を掛けてくださいね!」


 とシオン。


 タウロは頷くとエアリスと二人、ガロに跨って領都の街に繰り出すのであった。



 領都の大通りの一等地は、初めて訪れた時に比べて、閑散とした雰囲気から、ある程度人が増え、空き家も減ってきていた。


 ドワーフが経営する鍛冶や細工のお店なども開店している。


「短期間でドワーフがこちらにも移住してきているね」


 タウロはそう感心してエアリスに話していると、大通りでも大きな飲食店『カレー屋』が、新装開店とばかりにドンと目立っていた。


 開店はまだだが、店内には従業員がすでにおり、上司から接客指導を受けている。


 指導しているのはガーフィッシュ商会シュガー店から派遣された従業員のはずだ。


「みなさん、お疲れ様です」


 タウロはエアリスと二人、店内に入っていくと、従業員に挨拶をする。


「あ、オーナー! 私、このカレー屋シュガー本店の従業員指導を任されている者です! 店長は彼女アイシャさんの予定ですが、よろしいでしょうか?」


 ガーフィッシュ商会の社員が、地元で雇って教育を続けていたと思われる店長予定の女性を紹介した。


 黒い長髪に浅黒い肌、目は茶色で緊張気味にタウロにお辞儀をする。


「オーナー、よろしくお願いします!」


「では、アイシャさん。このお店をよろしくお願いします。開店は本当にいつでも大丈夫ですか?」


 タウロが念の為に確認する。


「は、はい! 明日から開店しろと言われても出来る状態にあります!」


 店長のアイシャは、意志の強さを見せて、力強く答えた。


「……わかりました。それでは明日から開店してください」


 タウロはアイシャを見て、まじめそうだと判断すると、ガーフィッシュ商会の人選を信じていた事もあり、すぐにOKを出した。


「はい! 喜んで!」


 アイシャは元気よく答えると、それを聞いていた従業員から「やったー!」と声が上がる。


 どうやら、開店の日を待ちに待っていたようだ。


「良い雰囲気だ。これなら、大丈夫そうだね」


 タウロはエアリスとそう確認して笑顔で頷くと、次の目的地へと移動するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る