第641話 トロール皇帝戦

 トロール皇帝は、じっとこちらの様子を窺っていた。


 重装備のトロール達で前衛に壁を作り、通常のトロール達にアダムとイブを攻撃させる形でそれ以上の動きがない。


 いや、動きはあった。


 トロール皇帝は左手に持つ王笏を掲げると目の前に次元の狭間が生まれ、そこからトロールが召喚されてくる。


「トロール皇帝を倒さないと無限に召喚される感じかな?」


 タウロはその様子を見て深刻な顔になる。


 現在、タウロ達は大広間手前で男女大人型人形ゴーレムアダムとイブを前衛に広間内にいるトロールの数を減らしてからトロール皇帝と接敵しようとしていたのだが、トロール皇帝がトロールを召喚し始めたので、どう動いたものかと悩んでいた。


「雑魚は私が薙ぎ払うわ」


 そう言うとエアリスが魔法を詠唱を始める。


「──わかった。前衛の重装備のトロールは僕が仕留めてトロール皇帝までの道を切り拓く。ラグーネとシオンはそれに合わせて動いて! ──ガロ、あとはよろしく」


 タウロは意味あり気に言う。


「がう!」


 狼型人形ゴーレムのガロは一声そう反応すると、門番エルフを後衛に避難させる。


 ガロはタウロと『思考共有』をしているから詳しく説明せずとも伝わるのだ。


 次の瞬間、詠唱を終えたエアリスが黒壇の杖を天井に向けて掲げると雷雲が天井にたちこめ、稲光が激しく大広間内を照らす。


「敵を打ち砕け、『雷神鉄槌』!」


 エアリスがそう口にすると、雷雲の中から、戦槌の形をした稲妻の塊がトロール皇帝の頭上に落ちていく。


 いくら広いとはいえ、閉ざされた空間でこの魔法は強烈過ぎた。


 音はもちろんだが威力がエアリスの魔法の中でも段違いのものだ。


 その余波は一帯のトロール達を襲い、感電のように巻き込み、一瞬で黒焦げにしていく。


 光の蛇のように生きている者を皆襲っていく雷の猛威は、味方であるタウロ達の下にもきたが、それはラグーネの盾による魔法防御である『極光の盾』で防ぐ。


「これ、こんなところで使ったらダメな奴じゃん!」


 タウロが雷鳴轟く中、大きな声でエアリスに注意する。


「え、何!? 聞こえない!」


 エアリスは想像以上の威力に自分でも驚いていたが、雷の轟音で聞こえないふりをするのであった。


 ようやく大広間内を襲ったエアリスの切り札魔法が収まると、敵の確認をする事なくガロはアダムとイブを突っ込ませた。


 煙で視界は定かではないが、こういう時こそ、人形のアダムとイブが強みとなる。


 いつもならアンクが風魔法で煙を払いながら突っ込んで敵に斬撃を浴びせるところだろうが、今回はアダムとイブに突っ込ませるのが、戦術だ。


 それに続いてラグーネとシオンも突っ込んでいく。


 エアリスのあの魔法の威力なら、全ての敵を薙ぎ払っているとも思えたが、どちらにせよトロール皇帝の生死を確認しないといけないし、生きているなら畳みかける必要がある。


 その間に、タウロはアルテミスの弓を構えると、魔力を込めて弓を引き絞った。


 その手にはタウロの最大の威力を誇る『極光の矢』がつがえてある。


 そして、煙が晴れ、『視界共有』をしてアダムの視点に捉えたのは、一見すると無傷のトロール皇帝とその庇護下にあってダメージを避けられたと思われる重装備トロールの前衛であった。


 それをいち早く確認したタウロは『極光の矢』を放つ。


 矢は太い光の筋となって、真っ直ぐトロール皇帝を襲う。


 その手前には二重三重に盾を構えるトロール達がいたが、『極光の矢』がそれらを貫通してそのままトロール皇帝に直撃した。


 いや、そう思ったが、その手前ギリギリで何かに阻まれるように『極光の矢』が消し飛ぶのであった。


「!」


 タウロはその事に軽く驚くが、今度は魔法の矢ではなく本物の矢を弓に番える。


 魔法系が効かないと判断しての事だ。


 その間にアダムが敵の前衛トロール部隊を襲い、タウロの『極光の矢』で道が切り開かれた直線上をイブがそのまま真っ直ぐトロール皇帝に突進する。


 それに対してトロール皇帝が魔剣を構えて迎え撃つ。


 イブとトロール皇帝が接触する瞬間、イブがゼロ距離で『衝撃波』を放った。


 これはタウロとの『思考共有』でガロに命令していた通りである。


『衝撃波』は防御魔法無視の一撃必殺である。


 さすがにこれはトロール皇帝も無傷ではいられないはずだ。


 だが、トロール皇帝は、その技を食らって倒されたトロール大将軍の視界越しに確認していた。


 トロール皇帝は手にする魔剣でイブの『衝撃波』を放つ胸部に突き刺す。


『衝撃波』は、だが霧散する事無く一部はトロール皇帝にダメージを与えた。


 トロール皇帝の王冠を吹き飛ばし、王笏も後方にはじけ飛ぶ。


 本人も「ぐはっ!」と、血を吐いているところを見ると、ダメージは大きかったようだ。


 そこに、間髪を入れず、シオンが一閃の黒い光のように懐に飛び込む。


 そして、その場で回転して勢いを付けた全力の掌底をその腹部に叩き込んだ。


「ぐふっ!」


 トロール皇帝はその攻撃に体をくの字に折るが右手の魔剣をシオンに叩き込む。


 そこへ同じく飛び込んできたラグーネが盾でそれを防ぎ、右手の魔槍をトロール皇帝の顔に突く。


 槍の先はトロール皇帝が紙一重で避けたが、ラグーネはその間にシオンを抱きかかえて後ろに飛び退る。


 シオンは渾身の一撃を叩きこんだ事で、一瞬動けない状態だったからだ。


 さらにそこへ畳みかけるように、タウロが放った剛弓による矢がトロール皇帝の胸に吸い込まれて行く。


 矢は見事にトロール皇帝を貫通して背後の岩に突き刺さった。


 しかし、トロール皇帝は動きを止めない。


 目の前のラグーネとシオンを倒すべく、魔剣をまた振りかぶる。


 そこに今度はガロが襲い掛かった。


 ガロは左前脚で魔剣を握る右手を払うとトロール皇帝の首筋に噛みつく。


 そして、次の瞬間、その口の内部に仕込まれている武器『衝撃波』を放った。


 またもやゼロ距離で、先程とは違い完全な衝撃波を食らう事になったトロール皇帝は全身から血を噴出しその場に膝を突いた。


 だが、トロール皇帝はまだ、倒れない。


 なんという体力であろうか?


 それどころか魔剣でガロの胴体を薙ぎ払い吹き飛ばした。


 その間にラグーネとシオンは距離を取って下がっていたが、止めを刺さねば! とまた戦闘態勢に入る。


 だが、それよりも早くトロール皇帝に『瞬間移動』能力で距離を詰めた人物がいた。


 タウロである。


 タウロは一連の攻撃の後、アルテミスの弓から小剣『タウロ・改』、『守護人形製円盾・改』を装備して『瞬間移動』で接近したのだ。


 そしてタウロは『タウロ・改』の魔力を込めず、盾に付与されている『腕力上昇(強)』で力任せに小剣をトロール皇帝の下顎から頭にかけて突き刺す。


 しかし、トロール皇帝はそれに怯む事なく左手でタウロの胴体を掴むと思いっきり投げ捨てる。


 タウロは岩の地面に叩きつけられそうになるが、そこはぺらがクッションになり衝撃を防いでくれた。


 そして、タウロの顔には笑みが浮かんでいた。


「トドメ!」


タウロがそう言うのと同時に、エアリスの魔法『雷針撃』が、突き刺さったままの小剣『タウロ・改』に直撃した。


『雷針撃』は小剣『タウロ・改』を通してトロール皇帝の脳を焼く。


 さすがのトロール皇帝も脳を焼かれた事で、その動きを止め、大きな巨体はその場に倒れるのであった。

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