第634話 有能な人物の勧誘

 エルフ自治区の中心地である森林の街に向かう途中で立ち寄った村で一泊したタウロ一行は、検問所から道案内をしてくれているエルフのグラスローに引き続き、案内を頼んでいた。


 実は、村の村長エルフからは、グラスローはあまり利口ではないので、他の者に道案内をさせるという申し出を受けていたのだ。


 しかし、タウロはどちらかというとグラスローはかなり頭の回転がよい人物だという印象をこの移動の間、話して感じていた。


 ジーロシュガー領の話をしても的確な質問や反応を示していたからだ。


 多分、エルフの長老達にとってはグラスローの考え方はエルフ的ではないからあまり頭がよくないという判断なのだろう。


 タウロとしては、グラスローは自分達にとても興味を持って理解を示してくれる人物だから申し出を断り、引き続き案内をお願いするのであった。


「グラスローさんって、おいくつなんですか?」


 タウロは話せば話す程、頭脳明晰な部分を見せてくれるこの年齢不詳のエルフに興味を持っていた。


「私ですか? 私は92歳です。長老達からは考え方が奇抜すぎて今のままではいけないので検問所で門番でもして頭を冷やし、若いうちにその考えを改めよ、と言われてから八年ほどあの検問所に勤めています」


「頭を冷やすのに門番を命じられて八年も!? というか92歳って、人間からすると結構な年齢ですよ?」


 タウロはエルフの基準がズレ過ぎていて驚く事が多すぎた。


「そうですか? 確か人間の古い基準だと、私の年齢は二十歳くらいだったと思います。タウロ殿にわかるように人間的な説明をすると、私は若者特有の新しいものにかぶれて年長者の意見を否定する成人したての十代というところでしょうか?」


 自分で自分の事を先進的な考えに興味を持つ未熟者と評価するグラスローであったが、その表情は冷静そのもので自嘲的な含みもある分析にタウロは聞こえた。


 きっとエルフの長老達からは散々異端視されているのだろう。


 だが、グラスローの考えはとても人間に近く、悠久に近い時間を生きるエルフの気の長い思考とは一線を画すものであったから、話しているととても気が合った。


 それはエアリスも一緒だったようで、この道案内の門番がとても優秀な人物なのではないかと感じているようだ。


「グラスローさん、もし、エルフ自治区とジーロシュガー領の交流が再開されたら、タウロの下で働いてみませんか?」


 エアリスは自然とそう誘っていた。


「え?」


 グラスローは、走る狼型人形ゴーレムガロの上で先頭に乗っていたのだが、意外な勧誘にタウロ達の方を思わず振り返った。


 その冷静な面には驚きの表情が浮かんでいる。


「うん、先にエアリスに言われちゃったけど、交流再開されなくてもうちで働いて欲しいです。グラスローさんの指摘するエルフ自治区の経済や食料問題、外交などに対する指摘や分析力は、うちの領地に通じる考え方なんですよね。その頭脳、門番よりも僕の下で使ってもらえませんか?」


 タウロは婚約者が自分の考えを読んだかのように先に誘うので笑いながら、再度勧誘した。


「本気ですか……? 私を必要としてくれる人がいるとは思いませんでした。……でも、いいのですか? 役に立つかわかりませんよ?」


 グラスローはエルフ自治区での自分の評価が低い事を気にしていたのだろう、謙虚な姿勢で聞き返す。


「ガロ止まって。──エルフの考え方は僕にはわかりません。ですが、少なくともグラスローさんはエルフかどうかは関係なく、うちの領地に欲しい人材だと思いました。良かったらうちに来てください」


 タウロはガロを止めると、真剣な面持ちでグラスローを説得した。


「……わかりました。どちらにせよ、ここでの私は一介の門番でしかないので、いなくなっても誰も困る者はいません。タウロ殿、いえ、タウロ様、これからよろしくお願い致します」


 グラスローがそう言うと、タウロは喜んで、「よろしくお願いします!」と握手をがっちり交わすのであった。



「タウロ様、エルフ自治区は、先代ルネスク伯爵の時に偏った扱いをされた事で、周辺自治区から信用を失い、人間に対する不信感が強いです。ここ五年程は完全に人間領をはじめ、他の自治区とも交流を完全に断っていますが、実はその間に問題もいくつか抱えています」


 グラスローは疾駆するガロの上で引き続き道案内の為に先頭に乗った状態で、タウロ達にエルフ自治区の事を説明していた。


「問題?」


 そのすぐ後ろに跨るタウロが聞き返す。


「はい。先程も申し上げましたが、食料の自給率は自治区はほぼ百パーセントですが、それは二年前までの話で現在は森から採取できるものは急激に下がっています。その原因の一つが大森林地帯に現れたトロールの群れです」


「トロールの群れ? 確かエルフの天敵だったかな?」


 タウロは前世からの知識が正しいか確認した。


「ええ、その通りです。どうやら、外の世界と断絶している間に自治区内のダンジョンで沢山増えていたようなのです。我々エルフはダンジョンについて全く興味がなかったのですが、外の世界と交流があった頃は、冒険者が頻繁にやってきてダンジョンに潜り活動してくれていたお陰で間引きしてくれていたのに、それもなくなった為、その中でもエルフの天敵であるトロールが増殖してしまったようです」


「ここにはダンジョンがあるの!?」


 タウロはダンジョンに詳しいエアリスからは何も聞いていなかったから、驚いて聞き返す。


「ええ。厳密にはダンジョンもどきらしいですが」


「「「ダンジョンもどき?」」」


 タウロとラグーネ、シオンの三人は思わず声を揃えて聞き返す。


「ダンジョンもどきは迷宮核ダンジョンコアが存在しない迷宮の事よ。迷宮核があるダンジョンは時間をかけてどんどん地下に迷宮を作っていくのだけど、ダンジョンもどきは元からあった地下などで魔物が自然発生する状態のものを指すの。これは魔素が溜まり易い地形の場合に起こるらしいのだけど、非常に珍しい現象よ」


 エアリスがグラスローに代わり説明する。


「魔素が溜まり易いといっても、ダンジョンのように頻繁に魔物が湧くわけではないので誰も気にしていなかったのですが、冒険者の間引きが無くなって急激に増えたようです。──あ、大森林地帯に入ります。あの大きな木、世界樹の下にこのエルフ自治区の中心である森林の街があります」


 グラスローはそういうと、一面に広がる森林地帯とそこに見える大き過ぎる巨木を指差してタウロ達に到着が近い事を知らせるのであった。

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