第528話 本物はどっち

 この日。


 冒険者ギルドマンデーク支部の男性職員から、受付で奥の部屋に来てくれるようにと耳打ちされた。


「?」


 タウロはその日、完了したクエスト報告書について不備があったのかと思ったが、それなら口頭で伝えるはずだよね? と、不思議に思いながら男性職員に付いて行った。


「──実は数日前にタウロ殿が申請されていました口座凍結の件なんですが……」


 男性職員は少し言いづらそうに言い淀むとタウロの顔色を窺いながら続ける。


「他の支部でタウロ殿が凍結申請の撤回とタグの再発行を申請され、それを他所の支部のギルドが受理したようです」


「え、どういう事ですか?」


 タウロは男性職員の説明が意味不明だったので、聞き返した。


 自分はここにいるし、他の支部にはこの数日行っていない。


 ましてや凍結申請の撤回などするわけがないのだ。


「私も何かの間違いだと思い問い合わせている最中ですが、魔道通信具では単純なやり取りしかできないので、凍結申請撤回とタウロ殿のタグが再発行されて今のタウロ殿のタグが使用不可になった事くらいしかわかっていないんです」


「「「「「えー!?」」」」」


 これにはタウロはおろか、仲間全員で驚いた。


 それはつまり、今のタウロは冒険者ギルドの一員ではなくなっている事になる。


「ちょっと待って下さい。僕は数日間ずっとこのマンデークの街でみんなと一緒に活動していた事はわかっていますよね?」


「はい……。ですから、こちらも何かの間違いじゃないかと、問い合わせている最中なんです。どうやら、他所の支部にもタウロ殿を名乗る冒険者がいるようです」


 男性職員は申し訳なさそうに答える。


「タウロは目の前にいるじゃない!──タウロ、記章を出して。──ほら、名誉子爵の記章も本物よ?」


 エアリスがタウロにマジック収納から記章を出させると指差して見せた。


「……はい、確かに本物に見えます。鑑定でもそう確認できるのですが……。ここだけの話、実は鑑定にも抜け穴がありますから何とも……」


 男性職員も判断が出来ないと首を振った。


「抜け穴って何よ!」


「記章の材質、作りが本物と全く同じで、国のお抱え職人が作ったものであったら、同じ本物扱いになるんです」


「?それは当然でしょ?」


「例えば国が違う場合も国の許可で作ったからにはほぼ本物になります」


「違う国?」


「はい。昔からある手法なんですが、他の国が国策で他所の国の身分証を作ったりすると、高度な鑑定のスキルが無いと判別できないんです。タウロ殿の記章もタグも私の鑑定スキルだと本物に見えるのですが、高度な鑑定スキルを持つ人に見てもらったら偽物かもしれないという事です」


「ちょっと! タウロは本物よ!」


 とエアリス。


「そうです! タウロ様は正真正銘本物です!」


 とシオンも応じた。


「も、もちろん、私も本物だと思いますよ? 第一、この片田舎のマンデークの街で偽物の記章とタグを使って普通にBランク帯の困難なクエストを攻略する理由がないですから。それにタウロ殿からの口座凍結依頼にしても、偽者なら凍結どころか全額引き落として逃げる方が利口だと思いますから」


 男性職員は、エアリス達の怒りを抑えるように両手で窘めながら答えた。


「……その、凍結撤回の申請がされた他所の支部ってどこかわかりますか?」


 タウロは駄目元で聞いてみた。


「そこまでは情報共有できないんです……。支部同士での情報のやり取りは最低限なので。ただし、近くの支部だと思います。国内の冒険者ギルド全体で凍結申請の情報を共有してからその取り消しまでの反応が早かったのでとても近いところ、つまり同じ北部地方内だと思われます」


 男性職員は可能性の一つとして答えた。


「同じ北部って言っても大分広いぞ?」


 アンクがもっともな指摘をした。


「それもだが、ここにいるタウロは冒険者としての地位はどうなるのだ?今付けているタグも無効なら証明できるものが無くなるではないか」


 ラグーネも同じく鋭い指摘をする。


「それを今から支部長に説明しようかと思ってまして……」


 男性職員はこれ以上は自分の管轄外だと思ったのだろう、上司を呼びに行く事にした。


 タウロ達は部屋でその間、しばらく待たされることになった。


 男性職員も支部長に状況説明だけで時間が掛かりそうな案件であるから仕方がないだろう。


「久しぶりの復帰なのに、水を差されたわね」


 エアリスが溜息を吐く。


「タウロ様の偽者が現れるとは、許せません!」


 シオンは憤慨する。


「わけがわからないな。俺達の復帰に合わせて偽者登場とはな」


 アンクも偶然のタイミングに呆れた。


「しかし、冒険者ギルドのタグの偽物を作る技術となると、かなりのものではないか?」


 ラグーネが何気に鋭い指摘をした。


「……確かに、そうだね。きっと一年以上もの間失踪していた僕達が戻って来るとは思っていなかったんだろう……。だから安心してタグと名誉士子爵の記章を偽造したのかもしれない」


 タウロは考え込むとそう分析した。


 そこへ、男性職員が支部長を連れて戻って来た。


「……マンデーク支部長のカイという、よろしく。君達が、活躍中のチーム『黒金の翼』か。報告書で活躍は確認していたが、名誉子爵だったとはな。その情報まではギルドも共有していないから驚いた」


 カイはタウロと握手をすると椅子に座って感想を漏らし、続けた。


「実力が本物なのは確かだし、記章の方も私が見る限り本物に見える。……タグも確認させてもらっていいかな?」


 支部長カイはそう言うとタウロからタグを預かって確認する。


「……これも本物にしか見えないな。ところで、君達はこの一年間、活動を停止していたのはなぜかな?冒険者ギルドでも活動記録が残っていないようだ」


 カイは確認の為に事情を聞く。


「冒険者としての活動は一切せず、仲間の地元で強くなる為に修行をしていました」


 タウロは嘘は言ってないが、詳しくも説明せずに答えた。


「修行……? 確かに君らの報告書を見る限り、B-以上の実力を感じる。昇格の経緯も詳しい情報が無いが、D+から特例でB-に上がったのは確認している。その昇格が原因で一年間修行をしていた感じか?」


「ちょっと違いますが、力不足を感じての事だったのは確かです」


 これも嘘ではないが、詳しく説明する事無くタウロはサラッと答えた。


「……怪しいところは無いし、うちからもタグの再発行をしておこう。ただし、そのタグも以て一か月が限界だ。もう一人のタウロ殿が、動いて手続きを再度したら、またそのタグも停止されるだろう。だから、この街から一週間程西に行くとスウェンというこの北部国境線でもとても大きな街がある。そこの冒険者ギルドに訴え出て、タウロ殿を厳重に鑑定してもらい本物かどうか証明してもらってくれ。この小さな支部ではこのくらいのアドバイスが限界だ」


 支部長カイはそう言うと、男性職員にタグの再発行作業をさせ、それをタウロに渡すのであった。

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