第518話 竜人族の村よりスタート

 王都で話題になっていた最年少名誉子爵タウロ・ジーロシュガーとそのチームでB-ランクの『黒金の翼』が突然失踪して一年が経っていた。


 最初のひと月はどこかに旅立ったとも思われていたが、二か月目には冒険者ギルドでも生存を確認出来ない事から死亡説が流れ、半年後には興味を失われる。


 そして、一年が経った頃、冒険者の出入りが激しい為、その名はほとんど忘れられていた。


「俺達は、一年前に王都から消え、静かに身を伏せていたチーム『黒金の翼』だ!この方は、そのリーダーであり、最年少名誉子爵のタウロ・ジーロシュガー様だぞ!」


 帝国との国境線近くにある街の冒険者ギルドで、ギルド内に入ってきた冒険者がそう名乗った。


「タウロ・ジーロシュガー?誰だそれ?」


「最年少名誉子爵が一年前、冒険者の中から誕生したのはなんとなく聞いた事あるぞ」


「ああ、あれか!……でも、あれ死んだって聞いてるが?」


 街の冒険者達は、ひそひそとこの偉そうな冒険者達の噂を口にした。


「俺達はこの一年、帝国での特別任務から帰ってきたのさ。死亡説はその為の偽装だ。任務中で、仲間も死んだりしてかなり入れ替わったが、リーダーであるタウロ様はこの通り、姿を変え生き延びて帰ってきたのだ。見ろ、それを証明する襟の名誉子爵の記章を!」


 タウロ?とその仲間の冒険者達は、自慢げに名誉子爵である事を証明して見せた。


「あの記章は本物っぽいな……」


「じゃあ、その『黒金の翼』というチームは帝国に潜入して、帰ってきたという事か?」


「さすが、名誉子爵だ!」


 タウロ?達『黒金の翼』の面々は、道を空ける冒険者達の間を自慢げに歩いて受付まで歩いていく。


「それでは冒険者を証明するタグを提示してください」


 受付嬢は、記章から名誉子爵である事を確認すると、念の為タグの提示を求めた。


「……わかった。これだ」


 タウロ?は、首に掛けてあったタグを受付嬢に渡す。


 少し緊張しているようにも見える。


 他の仲間もタグを提示したが、こちらは緊張している様子はない。


「それでは確認します。……あれ?反応が鈍い?……あ、表示された……。──えっと、タウロ・ジーロシュガー様、ご本人と確認されました。この半年の活動履歴はっと……、帝国の冒険者ギルド側での活動履歴は沢山ありますね。サート王国冒険者ギルドへの復帰お疲れ様です。再度、こちらでの活動が可能になりました。──どうぞ」


 受付嬢がタグを確認して返すと、タウロは明らかにホッとした表情で、それを受け取って首にかけ直した。


「よし!これで晴れてリーダーも有名人として動けるな」


 仲間がタウロの肩を力任せに抱き寄せて、偉そうにしている。


 名誉子爵のリーダーよりも仲間の方が偉そうにしているのが受付嬢も気になるところであったが、その名誉子爵が引き連れている仲間は、五人。


 みんな目深にフードを被っている。


 タグを全員確認したが、帝国出身者の冒険者も三人いるが、残りの二人はサート王国出身者の冒険者になっていた。


 だが、名誉子爵はその中で、一番弱い立場に見えるのは気のせいだろうか?


 受付嬢は不審に思ったが、名誉子爵の記章、冒険者のタグも本物であったから、疑問に思いながらも『黒金の翼』の復帰を歓迎するのであった。



 その頃、竜人族の村では、身支度を整えた、この村に馴染んでいる三人の人間と半獣人一人、竜人族一人の計五人が族長リュウガの元を訪れていた。


「タウロ殿、あともう一年ほど修行なされば、より強くなりますよ?」


 族長リュウガが、たくましくなったタウロ達を見て、延長の誘いをした。


「いえ、それはもう勘弁してください……。僕はまだ大丈夫ですが、エアリスやシオンが、三か月前頃から、壁に向かってぶつぶつ言っている姿を見るのはもう嫌なので」


『竜の穴』での修行で、みんなが適性に合わせた地獄を毎日ずっと乗り越えてきたのだが、励ます暇もない程みんな追い込まれ続けていて、会えるのは数日に一度の宿舎の休憩室だけであった。


 そこで会うエアリスやシオンは感情が無の状態で、壁に向かって独り言を何かつぶやいていた。


 そう、修行の過酷さのあまり、精神が壊れかけていたのだ。


 終了ひと月前から行われる、竜人族が言うところの「感情調整」で全員がまともになって戻ってきた時は、本当に安堵したものである。


「タウロ殿に関して、担当官も驚いていましたよ。この歳で常時、意志が保たれている者は初めてだと。みなさんもよく頑張っていました。アンク殿は歳がネックでしたが、これまでの経験がものをいったのか、よく耐えられたと担当官も感心していましたよ。ラグーネは当然、竜人族ですからこちらも加減を知っているので、修行日程を組むのは簡単でしたけどね」


 族長リュウガがみんなを評価した。


「ははは……。僕もしんどかったんですけどね」


 タウロは全ての限界を越えさせる『竜の穴』の修行の過酷さも自分は元々、『状態異常耐性』や『超回復再生』能力を持っていたから耐えられるのだ。


 それでもかなり苦痛を伴う修行だっただけに、エアリス達みんなはさらに辛かったはずである。


「……もう二度とやりたくないかも……」


 エアリスは正直にそう漏らした。


 幸いな事に、語尾に不穏な口癖は付かずに済んだようだ。


「私は何度、強制的に死なされて、蘇生させられた事か……。くっ、殺せ!」


 ラグーネは下地になる修行をすでに済んでいたから、より一層、危険な修行が行われたようだ。不穏な情報がその口から洩れる。


「……みんなすまん。俺のワガママで大変な想いをさせて。くっ、死なせろ……!」


 アンクは無事?物騒な口癖が、付いていた。


「……みなさん無事で良かったです。ボクは何度も心折れそうでした。くっ、生きる!」


 シオンは一番、精神的に折れそうだったらしいが、恩あるタウロの為に強くなる事だけを心に誓い耐えたらしく口癖もいつもの前向きなままだ。


「はははっ!みなさん大袈裟ですぞ。竜人族伝統の『竜の穴』は、滅多に死人は出ないし、廃人にもならない程度には気を付けていますよ!」


 族長リュウガは笑って、タウロ達に指摘する。


 いや、死んでも蘇生させてるじゃん!


 タウロ達全員が心の中では族長リュウガに、総ツッコミしていたのであった。

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