第517話 黒金の翼が消える日
フルーエ王子との面会の翌日、傷が癒え動けるようになったラグーネがタウロ達の王都での滞在先であるグラウニュート伯爵邸に帰ってきた。
「ラグーネ、お帰りなさい!」
エアリスが真っ先に友人の帰還に気づいて歓迎した。
そこへタウロが駆け付ける。
アンクとシオンはまだ、思うように動けない為、遅れて玄関先にやってきた。
「ただいま戻ったのだ。みんな元気そうで良かった……。私は何もできずに『次元回廊』で逃げる事しかできなかった、すまない……。くっ、殺せ……!」
ラグーネはタウロ達の顔を確認出来て一安心したが、その表情は暗かった。
きっと動けるようになるまでタウロ達の事が心配だったに違いない。
「いいんだよ、ラグーネ。君も無事でよかった。怪我はもういいのかい?」
タウロは、ラグーネを気遣った。
エアリスはそんなラグーネを何も言わず抱きしめる。
「……私はとっさに真聖女マリア先輩のところに逃げ込んだからな。そこでちゃんと治療してもらったよ。完全に治るまでこちらに戻る事を禁じられたけどな」
ラグーネはエアリスを抱きしめ返すと、タウロにそう答えた。
「これでやっと、また、全員揃ったな。だが、俺とシオンは、まだ、あんまり動けないから待ってくれるか?」
アンクがラグーネが元気な事に安堵した様子を見せると、まだ動けない事を告げた。
「その事なんだが……。真聖女マリアが、こちらの様子次第では自分を呼ぶようにと言っていたよ。敵が使用していた毒は特殊なものだったからって」
「やっぱりね?私も治療していて解毒は出来たけど、シオンの治りが遅いから悩んでいたの」
エアリスは抱きしめていたラグーネから離れると、合点がいったという表情で答えた。
「シオンが?大丈夫なのか?」
まだ顔色が優れないシオンを見てラグーネが気遣う表情を見せた。
「じゃあ、お言葉に甘えて真聖女マリアを呼ぼうか」
タウロはそう言うと早速、ラグーネに『次元回廊』を開いてもらい、『空間転移』で真聖女マリアがいるヴァンダイン侯爵領まで移動、すぐにマリアを連れて戻ってくるのであった。
すぐに、真聖女マリアはアンクとシオンの容態を確認した。
「よくここまで、治療できたわね、エアリス」
真聖女マリアは弟子であるエアリスを褒めると、二人の治療の為に『真の祝福』を唱えた。
万全とは言えず、傷が痛むアンクとまだ、元の傷の深さと、毒の後遺症で体調が良くないシオンの顔色が一気によくなる。
「疼いていた痛みが消えた!?」
「す、凄いです!傷が治っても、体調が悪かったのにそれが無くなりました!」
アンクとシオンは改めてに竜人族の凄さに驚く事になった。
「『真の祝福』を使ったという事は、呪術的な呪いもかかっていた……、という事ですか?」
二人の治療にあたっていたエアリスは、シオンの回復に時間が掛かっていた事を不審に思っていたのだが、はっとしたように、真聖女マリアに確認した。
「ええ。毒に術が掛けられたものが使用されていたみたい。私もこんな利用法があるとは知らず、ラグーネの治療に時間が掛かったのだけどね」
「よく考えたら、ハラグーラ侯爵領都に掛けられた呪術もあの勇者が考えたものだったから、可能性のひとつとして考えるべきだったわ……」
エアリスは真聖女マリアの言葉で以前の事を思い出し、気づけなかった事を後悔した。
「でも、これで同じ事が起きても対応出来るからいいじゃない」
タウロはエアリスを励ます。
「それでは、私は戻るわね。ラグーネ、タウロ殿、よろしくお願いします」
真聖女マリアは、タウロ達の会話だけで全てを理解したのか、詳しい事は何も聞く事なく、ヴァンダイン侯爵領へと帰っていくのであった。
ラグーネが戻ってきた事で、改めて今後についての話し合いが行われる事になった。
当初は南部に行こうという話であったが、勇者の来襲後、アンクが竜人族の村での修行をするべく、北に向かおうと主張している。
その事をラグーネにも話した。
「……アンクのその成長を望む主張は大事だが、『竜の穴』に挑戦するなら若い内が良いと言われている。言葉に絶するような過酷な内容な分、柔軟性があり、未知の部分を限界まで引き出す下地を作るのに若い方が向いているからだ。私はその下地を作っているから限界への挑戦も出来るが、アンクが挑戦するには少し歳を取っているかもしれない」
ラグーネが、言いづらそうに答えた。
「……やっぱり歳が問題か……。だが、念の為、俺だけでもその『竜の穴』に少し挑戦させてもらえないか?それで駄目だったら諦める」
普段の飄々とした姿はそこになく、真剣な表情のアンクがそこにはいた。
どうやら今回の対勇者戦闘で力の差を感じてしまったようだ。
今までは、その差が歴然過ぎて比べる気にもなれなかった竜人族に対しては、何も感じる事がなかったが、同じ人の領域で敵わなかった勇者や相性的に悪かったとはいえ、負傷させられ戦線離脱する事になった対帝国兵戦はアンクにとって忸怩たる思いがあったのだろう。
「アンクはまだ、そういう事は避けるまともな感覚の人間かと思っていたのに……、そのアンクが行くと言い出したら、行かないわけにいかないじゃない!──ラグーネ、族長には話を通すから僕とアンクの『竜の穴』挑戦をお願いできる?」
タウロは、アンクの覚悟を本気と受け止めて、一緒に挑戦する決断をした。
「ちょっと二人共、何を盛り上がっているの。タウロが行くなら私も行くって以前に言ったわよね?ラグーネとシオンは竜人族の村でゆっくりしていて頂戴」
エアリスは真聖女マリアの元でその厳しい修行の一端を経験していたが、それがまだ内容的に「ぬるい」ものであったという事は聞いていた。
だから『竜の穴』に行くのは相当の覚悟が求められたが、タウロが行くなら拒否権は無い。
「いや、それは本当に待って!エアリスは今のままで十分だから!」
タウロがこれには反対の姿勢を見せた。
エアリスには人間離れして欲しくない思いがあったのだ。
「タウロの行くところに、私は絶対行くから止めても無駄よ。これは私の意志、それが、気持ちの全てだから」
エアリスはタウロへの思いを語った。
「……わかったよ。でも、あまり長居するつもりもないから、アンクの下地が出来たら、辞めるでいいかな?」
タウロが諦めたように、方針を確認する。
「……そうなると、私もまた、『竜の穴』行きなのか……。くっ、殺せ……!」
と応じるラグーネ。
「……今回ばかりはタウロ様の意見でも本当は反対するつもりでしたが、仕方ないです……。くっ、生きる!」
と本当に嫌そうな表情で溜息を吐き、いつもの口癖が出るシオンであった。
この数日後、王都から冒険者チーム『黒金の翼』はその姿を消した。
最年少名誉子爵の叙爵から日も経っておらず、冒険者ギルドには『黒金の翼』に対する指名依頼がいくつもあったが、一切連絡が取れない事から依頼の話は流れ、それと同時に死亡説がまことしやかに流れる事になるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます