第500話 名誉子爵誕生

 宰相の言葉は続いていた。


「──なお、タウロ・ジーロシュガー子爵には王家直轄領より領地を割いて与えるものとする。場所についてだが──」


 タウロもここまで宰相の言葉を呆然と聞いていたが、正気に戻って慌てて失礼と知りつつその言葉を遮った。


「──お、お待ち下さい、宰相閣下!子爵とは身に余り過ぎます。それに僕は領地持ちの貴族になるつもりはございません!ムーサイ子爵にもそれはお伝えしていたはずです」


「……」


 宰相は無言でタウロの言葉を聞いて少し間を置くと、国王の方に向き直った。


「陛下、言った通りだったでしょう?この者は、名誉にあまり興味がありません。フルーエ王子もおっしゃっておりましたが、彼は根っからの冒険者なのですよ。それにまだ、十四歳。この若さで一か所に縛り付けるのは酷というものです」


 宰相の言葉に沈黙を守っていた国王は、


「……ふふふ。ふはははっ!」


 と笑い出した。


 そして続ける。


「すまなかった、タウロ・グラウニュート。叙爵の件は儂がこのグレト、グレト・バリエーラ宰相に無理を言って押し通したのだ。ジーロ・シュガーのこの国に対する貢献度は本当に想像以上だからな。だから多少強引にでも爵位を与え、今後も国に貢献してもらいたいと思ったのだが、やはり駄目か?」


「重ね重ね勿体なきお言葉です……。陛下のご厚意は大変名誉で光栄な事ではありますが、僕はまだ仲間と一緒に世界を旅して回りたいのです。冒険して世界を楽しみたいと思っています」


 タウロは否定こそしないが、子爵位と領地を渡される事について遠回しに拒否した。


「ふむ……。若人を縛り付けるものではないか……。──儂は数年前の事を思い出した。それはそなたが、サイーシ子爵に罪なき罪で捕らえられた時の事だ。あの時、沢山の者達がそなたの命を救おうと嘆願して来たものだ。年端も行かぬ子供がこれほど打算で生きるものが多い貴族の大人達を動かせるものなのかと驚いたのを覚えている。そなたには人を動かす人徳がある。そして、国の文化の発展に寄与した功績もある。さらには息子が世話になった礼もある。……儂は国王として、一人の親としてそなたに礼を言わなければならない。──タウロ・グラウニュート、感謝する。ありがとう」


 国王は一臣下である貴族の子息、それも養子の身分であるタウロに深々と頭を下げた。


 宰相や近衛騎士、官吏などは、何も見ていないとばかりに、全員が目を逸らしている。


 そして、国王が頭を上げると、宰相に声を掛ける。


「──グレト!」


「はっ。──タウロ・グラウニュート。そなたを名誉子爵に叙爵する。そして、王家直轄領における施設の使用、出入りの自由を許可する。家名は、先程も言ったがジーロシュガーとする」


 バリエーラ宰相は意味ありげな笑みを浮かべて、タウロに告げた。


「ははっ!謹んでお受けいたします!」


 これ以上はさすがのタウロも断る勇気はなかった。


 宰相以下、その場に立ち会っている近衛騎士、宮廷官吏などの無言の圧を感じたからだ。


 本当は名誉騎士爵程度が貰えれば今後の冒険に役に立つくらいにタウロは考えていたから、とんでもない展開ではあったが、特典も付いて冒険がしやすくなったと解釈する事にしたのであった。



 退室した一行は控えの間に戻ると一息ついた。


「ふー……。リーダーが子爵位を拒否した時はさすがの俺でもそれは不味いだろと思ったぜ。わははっ!」


 アンクが、笑ってタウロを茶化した。


「だって、領地を貰ったらみんなと冒険出来なくなるじゃない。こっちだって必死だよ」


 タウロは子供っぽい事(子供だが)を口にして言い返す。


「でも、びっくりしたわ。まさかいきなり子爵位なんて。さっきも言ったけど、名誉子爵でも子爵は子爵よ。それに王家直轄領の施設の使用と出入りの自由なんて扱いは、今まで聞いた事が無いわ。普通は許可申請を必ずするものだから」


 エアリスは名誉貴族の地位より、王家直轄領での自由を強調した。


「という事は、国が管理するダンジョンにも出入りが可能になったという事なのか?これは竜人族の仲間を呼べるな」


 ラグーネがエアリスの言葉からそう解釈して喜んだ。


「タウロ様。ボク、王国名誉神官というものを頂きましたが、どうなるのでしょうか?」


 シオンが、いまいち何が起きたかわかっていないらしく首を傾げた。


「名誉貴族の少し下の地位というか称号だと思っていいわよ。その称号を持っているという事は、これからはちょっとしたトラブルは避けられる事にも繋がるわ。文字通り名誉な事よ」


 エアリスがタウロの代わりにシオンに分かり易く説明した。


「はぁ……。まさか、そんなものを頂けるなんて思ってもみませんでした……」


 シオンは目をぱちくりさせて、実感のわかない感じで自分の手を見つめる。


「俺もまさか、王国名誉騎士になるとはな……、はははっ!一介の傭兵だった人間が、まさかだよ、本当。ビックリな事だな」


 アンクが笑って喜ぶとシオンの肩を軽く叩く。


「私もまさか、王国名誉魔導士なんて称号を与えられるとは思ってもいなかったわよ。まあ、『聖女』とかじゃない分……、いいか」


 エアリスも苦笑したが素直に喜ぶ事にした。


「私も王国名誉騎士か……。嬉しいが、竜騎士の方が良かったな」


 ラグーネは喜びつつ、残念ながら存在しない称号を欲しがった。


「ははは。みんなそれなりに喜べるもので良かったよ」


 タウロは仲間がそれなりに喜んでいるので自分は不満を言わない事にした。


 もちろん、タウロの場合、自分が評価され過ぎだと思っての事であったが。


「あ、官吏の方。ちなみに、タウロが子爵を素直に叙爵していた場合、どこの領地を与える予定だったんですか?」


 エアリスがふと気になって部屋の隅で待機していた官吏に声を掛けた。


「それでしたら、旧サイーシ子爵領の予定だったと聞いております。ジーロシュガー名誉子爵の故郷に錦を飾る事になるし良いだろうと宰相閣下が陛下にお勧めになっていましたので」


「えー!?」


 官吏の返答に質問したエアリスでなく、一番にタウロが驚いていた。


「……そっか。それはちょっと残念だった気もする……。──あ、いや……、はははっ、冗談だよ!」


 タウロは冗談か本音かそう漏らすと、笑って誤魔化すのであった。

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