第495話 祝福の破壊力

 ハラグーラ侯爵領都における『祝福の儀』当日を迎えた。


 豪奢な服に着飾りレースで顔を覆う聖女マチルダと、その聖女マチルダの地面に擦れる長い裾の一部を女性二人が左右から軽く持って従っている。


 その女性らは真聖女マリアとエアリスの二人だ。


 二人もレースで顔を覆い従者として目立たないように聖女マチルダの背後に従っているのだが、この光景は見る人によっては贅沢な場面だっただろう。


 なにしろ、表向きには百年も現れる事が無かった聖女が三人もその場にいるのだ。


 一人はそれも『真聖女』である。


 伝説級過ぎて竜人族や一部のタウロ達くらいしか知らないスキルだから、もし知られたら国が動くほどの騒ぎになるのは明白であった。


 それだけに、ルワン王国側の賓客として立ち会うタウロ達はドキドキであった。


『祝福の儀』が始まった。


 今回は何かと大袈裟に、祭壇に花や物を捧げたり、感謝の祈りを捧げたりとかなり勿体ぶって見せた。


 列席していたハラグーラ侯爵などは終始それが可笑しくて仕方がないと言うようにニヤニヤと笑みを浮かべて一部始終を眺めている。


 王太子はその傍でハラグーラ侯爵や側近とひそひそ話をして『祝福の儀』に対して飽きてしまったような態度であった。


 聖女マチルダが後ろに従う女性二人を傍に手招きする。


 それはもちろん真聖女マリアとエアリスだ。


 二人は聖女マチルダが『祝福』を唱える素振りを見せたのでそれを真似するように傍で祈った。


 これまでの『祝福の儀』では見ない流れに一部の列席しているサート王国側の一部の取り巻きは少しざわついたが、王太子達は大した反応は見せない。


「ハラグーラ侯爵領に栄光と祝福を!」


 聖女マチルダはベール越しにもわかる緊張した面持ちでそう告げると、一瞬、間を取って三人で言葉を揃えた。


「「「……『祝福』!」」」


 聖女マチルダ、聖女スキルをいつの間にか入手していたエアリス、そして真聖女マリアの三人による『祝福』が唱えられると、三人の辺りから強い光が発せられた。


 それはまさに聖なる光であり、全ての邪気を振り払うように会場全体を照らした。


 いや、その光は会場だけに留まらなかった。


 ハラグーラ侯爵の城館をも覆い、さらには領都全体にその光は広がった。


 そして、軽い地鳴りが起きた。


 光はその間に消えてしまったが、地鳴りは数秒間続いた。


 会場の人間はその事に驚き、周囲を見回した。


 そして、遠くで爆発音が何度も響いた。


 ハラグーラ侯爵もそれは一緒で、側近のアレクサに何事かと慌てて声を掛ける。


 王太子も側近に原因を問い詰めていたが、その間に地鳴りは収まった。


「い、一体何だったのだ……」


 王太子が初めての経験に動揺の言葉を漏らしていると、会場の扉が開けられ一人の使用人が側近のアレクサの傍に駆け寄り、緊迫した様子で何事か耳打ちした。


 アレクサは驚いた表情で使用人に何か確認をしている。


 ハラグーラ侯爵も何か起きたらしい事を察したのでアレクサに何事か話すように促した。


「し、しかし。主、ここで話せない内容ですから外で……」


 アレクサがハラグーラ侯爵の命令に背いて外に一旦出るように促した。


「よいから申せと言っている。なんだ、さっきの地鳴りで壺の一つでも割れたのか?」


「……地下のあの施設が吹き飛んだそうです」


 アレクサは固有名詞を避けてハラグーラ侯爵に報告した。


「あれとはなんだ?」


 王太子はもちろん何の事かはわからないから、傍でハラグーラ侯爵に確認した。


 ハラグーラ侯爵は明らかに目を剥いて驚く表情を浮かべている。


 そして、


「!──被害状況は……!?」


 と王太子の問いには答えず、側近アレクサに確認する。


「先程の地鳴りは地下施設が破壊された事によるもののようです。今、確認させていますが、作業員の生死は……」


「作業員はどうでもよい!施設の被害状況を詳しく調べよ!」


 アレクサは使用人に指示を下す。


 そして、聖女マチルダの方に視線を向けた。


 タイミングとしては『祝福』の直後であるから、可能性の一つとして疑いを持ったのだろう。


 聖女マチルダは何食わぬ顔で、佇んでいる。


 本当は傍にいる真聖女マリアによる本気の『真の祝福』によって全てを相殺し、地下の呪術系の施設に呪詛を万倍返しして浄化した事により、核となる巨大な魔石が爆発、地下の施設を木っ端微塵にしてしまったのだ。


 そして、領都の周囲にある施設も同様で、外ではそれらが派手に吹き飛んだ事で大騒ぎになっていた。


「どうしたのですかな、ハラグーラ侯爵殿?何か重大な事が起きたのならば聖女マチルダを安全なところに移動させてよろしいか?何やら外から緊迫した雰囲気が伝わってきますしな」


 しれっとドナイスン侯爵がルワン王国の代表としてハラグーラ侯爵を心配するように声を掛けた。


「お、お気を遣わせて申し訳ない。どうやら不測の事態が起きたようだ。『祝福の儀』自体は無事終わりましたし、後は切り上げてよろしいか?」


 ハラグーラ侯爵は冷静を保とうと大きく息を吸うとドナイスン侯爵にそう答えた。


「もちろんですぞ。それならば、我々は聖女殿と部屋に移動しましょう」


「そうしてくれ。──アレクサ、さっさと被害状況の確認をしろ!」


 ハラグーラ侯爵はそう答えると先ほどまでの冷静さはどこへやら血相を抱えて会場を後にするのであった。


 その背中を王太子と側近達は追いかけていく。


「……それでは我々も安全の為にも移動しましょう」


 ドナイスン侯爵は口元に笑みを浮かべると余計な事は何も言わず、聖女マチルダ達を伴って用意された部屋へと移動するのであった。

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