第494話 真聖女の一端
真聖女マリアは勿体ぶった登場の為に、普段抑えている能力のいくつか発動させていた。
真聖女のオーラで一帯の生けるもの全てに対して畏怖の念を与える『大神聖』。
魔力が尽きない限り、限られた範囲を聖魔法で治癒、再生し続ける『真聖御』。
そして、同じく魔力が続く限り、限られた範囲を浄化する『自動浄化』。
おまけに真聖女になると最初に覚えるハッタリ的な演出で体を軽く発光させるだけの『後光』を使用した。
これらは竜人族の聖女系スキルの持ち主達の間ではあまり使わない能力四点セットとして笑い話の類であるが、ルワン王国の聖女一行にとっては、十分すぎる程の感動を与えた。
ドナイスン侯爵は意識せぬまま涙を一筋流していたし、側近達はいつの間に拝んでいた。
護衛騎士達は跪いて首を垂れていたし、聖女マチルダは驚きのあまり腰を抜かしていた。
タウロ達は最初からわかっていたから、反応はしなかったが、それでも真聖女マリアの本気モードの一端には内心ではひれ伏しそうなくらい驚いていた。
真聖女マリアは十分仕事をしてくれたハッタリとも言える能力の発動を止めてみせた。
いつまでも無駄にやってるわけにはいかない。
それを察してタウロが口を開いた。
「この方がエアリスの師匠にあたる方です。名前は敢えて控えさせてもらいます。これだけでご理解頂けたと思いますがどうでしょうか?」
「……」
聖女以下ルワン王国側の関係者達は能力発動を止めた真聖女マリアにも神々しさを感じて見惚れていた。
「……ごほん!みなさん、ご理解頂けましたか?」
再度タウロが確認する。
「はっ!?──あ!し、失礼した。これがエアリス嬢の師匠……。聖女殿にも感じないこの神聖で厳かな雰囲気と佇まい……、一体何者ですか?」
「それは聞かないで頂きたいのです。そういう事で、この方が聖女様にご協力して頂けるという事なのですがよろしいでしょうか?」
タウロはドナイスン侯爵の言質を取るべく確認する。
「……どうですか、聖女殿?」
ドナイスン侯爵は聖女マチルダに確認の為に話を振った。
聖女マチルダは腰を抜かしてソファーに一人仰向けの態勢で座っていたが、ドナイスン侯爵に話を振られた事で正気に戻った。
「あ、あなたは神……、なのですか?」
聖女マチルダは正気に戻っても、目の前の真聖女マリアの存在がこの世のものと思えなかったのか、そう問いかけた。
「私はただの聖女のスキルを持つ者です。聖女マチルダ、あなたはまだ、聖女を名乗るにはあまりにも未熟な身。自国の為にも今後、沢山の努力を積み重ねないと聖女としての役割を果たす事は出来ませんよ?今回は私があなたに協力しますが、二度はありません、いいですね?」
真聖女マリアは、聖女マチルダを人物鑑定してあまりの未熟さに溜息を吐いて、そう諭した。
「ご、ごめんなさい……!本当にごめんなさい!」
聖女マチルダは目の前の本物の聖女に対しての罪悪感からなのか大粒の涙を流すと、真聖女マリアの足元に縋って許しを請うのであった。
ドナイスン侯爵一行はこの光景に呆然として見つめていた。
「それではみなさん、本番での打ち合わせに入ってよろしいでしょうか?」
タウロはそろそろ話を進めた方が良いだろうと思い声を掛ける。
聖女マチルダはまだ涙が止まらない様子であったが、それを拭って話を聞く態度を示した。
ドナイスン侯爵達もルワン王国の体面に関わる問題であるからタウロに耳を傾ける。
この部屋に会した一同はタウロの説明の元、本番当日について十分な話し合いをするのであった。
歓迎の晩餐会は意外にもハラグーラ侯爵本人が現れた。
タウロは以前、王都のハラグーラ侯爵邸に忍び込んだ時にその姿を確認していて二度目だったから、すぐに本人だとわかった。
金髪の巻き毛に紫色の目、がっちりとした体格で少しお腹が出ている。
傍にはこれも前回の忍び込んだ時にやけに勘が鋭くて気づかれるのではと冷や冷やした記憶のある、アレクサという名の従者が待機していた。
「我が領内に聖女様をお迎え出来るという事で、急遽王都から帰って参りました。王都でも『祝福の儀』には立ち会わせてもらいましたが、あの時も感銘を受けたのでまた、あの感動を体験できるかと思うと楽しみで仕方がありませんな!まぁ、他の楽しみ方も出来そうですが。わっはっはっ!」
ハラグーラ侯爵は意味ありげにそう言うと笑う。
「……絶対、聖女マチルダが『祝福』を使えなくなっているとわかっているわよね?」
ルワン王国側の席に着く、エアリスが隣の席のタウロに耳打ちした。
「だろうね。──それと、ハラグーラ侯爵の背後にいる黒髪に銀色の目の人いるでしょ?」
タウロは顔を近づけるエアリスにそのまま答えて続けた。
「あの彼、相当手強そうだから顔は覚えておいた方が良いよ」
タウロの警告にエアリスは頷く、そして隣のラグーネ達にも伝える。
「タウロが警戒する相手というのも珍しいな」
ラグーネがそうアンクにこそっと漏らす。
「……タウロが言いたい事もなんとなくわかる。……あれはチョットした化物だ」
ある意味殺しの専門家である元傭兵のアンクが、ハラグーラ侯爵の従者をそう評した。
「……化物ですか?」
となりのシオンが興味深そうに聞き返した。
「……俺の勘だと、ありゃ、結構な数殺している人間の目だ。俺も傭兵として戦場で散々敵兵を殺してきたが、あれは多分、もっと残酷な殺し方をしてきた、裏稼業に手を染めているタイプの目だ。リーダーの言う通り、顔は覚えておいた方が良い」
アンクは顔を近づけるラグーネとシオンにそう忠告するのであった。
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